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ジャパンカップ(90年代)

99年JC公開調教より(2)「伝統のかたちとしてのボルジア」

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牝馬でありながらドイツでナンバーワンの成績を上げて97年凱旋門2着と当時の牝馬の頂点であった彼女がやってきたのは99年のJCでした。

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少し遠征疲れはあるものの、形もくっきりしていて、調子が良いから軽い動きをするのとは別次元で、シッカリとしていながら、力みのないアクションで軽さを表現するキャンターや身のこなしは、はさすがと思わせるものでした。

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血統的にもBの頭文字を続けるドイツ独特の母系ラインからは重さを感じるものの、父アカテナンゴには、テスコボーイを生んだ牝系が絡んでいるので、日本の馬場への適性も通常の外国馬以上のものを想像していたので、意外な惨敗の結果に不思議さを当時憶えました。

いましらべてみると屈腱炎明けで復活して数戦目であり、休養明け後の遠征もはじめてだったので、再発だけ避けたいという思いが、少しトレーニングに甘さを与えていたのだろうと。。。

そのためか、次に出走した香港では見事に勝利しています。

99年JC公開調教より(1)「モンジューの鋼の強さ」Montjeu

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モンジューについてはもう有名ですし何度も少しづつ写真をだしてはいますが。

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彼を見たときの衝撃は、今でも憶えています。

まず馬がごつい。。でも凄く柔らかい。つきたて餅のようなんです。筋肉の動きは液体にさえ近い。でも力強い。

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力が本当に強いのだけれど、俊敏が失われているところがひとつもない。

公開調教はダートコースでダクしただけだったけれど、踏み込みは強いし、柔らかいんで正確に地面とフィットしているというか、歩く段階からバランスが凄く良くて、地面が共鳴する感じがして、踏み込みのたびにこちらにドンドン響いてくるし。。

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柔らかさに関しては、共通項的なものを持っていたのはルドルフが一番近いと。。ほかの海外馬をあわせても。。

それが嬉しかったのも彼を見たときの大きな印象のひとつ。

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98年JC「夕陽も夢も溢れていた日」エルコンドルパサー1着El Condor Pasa

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JCでの3才馬で日本馬の初めての優勝、日本馬の1着から3着までの独占した結果は、日本馬のレベルが確実に上がり、そしてなにかしら世界と共通した因子を確実に日本の競馬が持っていることを初めて結果的に表したものとなりました。

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エルコンドルパサーは、史上最高レベルのG2レースだったと言われるこの年の毎日王冠でサイレンススズカの2着に敗れましたが、さらにそこから成長して、このレースに勝って、次の年に大きな夢を描くことになります。

パンパンに張った鋼鉄かと思わせる固さの筋肉が躍動する迫力は今まで経験したことない力感でした。

今でも良く憶えています。

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(チーフベアハート)

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(カイタノ)

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(ルソー)

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レースは、日本馬の上位独占でしたが、前年のBCターフを勝ったチーフベアハート(上)、ドイツの一流馬カイタノなどそれなりのレベルがあったので、それに先着したエアグルーブ、スペシャルウィークも相当強いことになります。

それなのに2400を初めて走った彼は全てに完勝してしまったのです。

しかし、これだけの強さがまだ彼の能力の一部であることだけは確かでした。引き上げてきたときにも余裕がありましたから。。。

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成績上で言うならこの馬が日本最強馬であると言えます。

父キングマンボで母父サドラーズウエルズの血統の馬がこの時代に日本で成功し、世界でも立派に通用した現実は、とても重要な出来事です。

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97年ジャパンカップ「今も続く予想図」ピルサドスキー、エアグルーブ、バブルガムフェロー

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この年のジャパンカップは、世界のトップグループにいるピルサドスキーが出走し、いくら目玉の馬が走らないJCでもこのクラスになると負けようがないだろうと思われたレースでした。

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そしてレース結果はその後、現在も続く血統の優劣を示すような結果になり、次の年の結果も含めて非常に興味深いものになりました。

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日本の競馬は、このレースに出走したバブルガムフェロー等最初の頃の世代の大成功により、サンデーサイレンスの優位が確立され、継続した大成功から生産自体が1頭の種牡馬を中心にしてまわってしまいます。そのためサンデーばかりのクラシック戦になり、距離適性が少し薄れてしまい競馬の魅力の一部分を奪れてしまいました。サンデーばかりを相手に戦ったサンデー産駒の三冠馬は国内では圧倒的な強さをしめしたものの、海外では敗れており、その敗戦は他の年のレースのレベルで高かった年に参戦し、惨敗した馬との比較で果たしてその優位が証明できるかどうか疑問すら感じさせました。

この当時バブルガムフェロー等で感じたことは、1800から2000位で圧倒的な強さがあり、その周辺の距離でも急激な適性の下降がないことでした。

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Ag3

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これはエアグルーブのトニービンにも言えたのだろうと思います。少しこちらの方が長距離には優位性があるかなと思われましたが、同じように中距離での瞬発力でとそれを持続させるフォルムに優れていると思いました。

ピルサドスキーはダンジグ系の父に、母系にはヨーロッパの王者が顔を見せる現在も欧州の主流となっている血統です。

レースではその瞬発力で、サンデーとトニービンの代表産駒に勝ってしまい、先頭に出た後も彼の持続的な末脚は、1段上のものを全て持っているとしか、ただ単に力が上とか言うものではなくて血統面も含めて、全てに優位を感じました。

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このレース、ピルサドスキーがパドックで馬っ気をだしたこと、それでもレースに完勝したことがメインの記憶となっていますが、レース直後に聞いた話では、クセのようになっているだけのことで全くラッド達は心配していなかったとのことでした。

結果をみると、このレースの着順が現在までの血統的な優劣を表しているように感じられてなりません。

優位な血統が勝てないのが日本の競馬の現在の状態であることも忘れてはいけないのかと。。。ある面思います。

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ドイツ馬で世界を駆けめぐっていたカイタノ

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オスカーシンドラー、アスムッセン騎乗

「クラシカルエレガンス」96年公開調教その2エリシオ、ペンタイア、ストラテジックチョイス

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3才で凱旋門賞を逃げきりで圧勝したエリシオは、96年の全世界の秋の注目馬であり、圧倒的な強さに唖然としたいという競馬独特の自虐的な感覚を充たしてくれる馬だろうと思われて必要以上に想像力をかき立ててくれました。

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ダートで軽めで行われた公開調教でしたが、エリシオは、非常に軽い動きを見せてくれました。まるで浮いているようにキャンターが進みました。少しの力で蹴っているとしか見えないのに、他の馬より進んでいる感じは、まさに異次元でした。軽くて早く進むというのはルドルフと非常によく似ており、馬体にも多くの共通点が見られるようでした。

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この日の場内解説の大川さんが、この手先の軽さに驚いて何度も言っておられたのが印象的でした。そして、大川さんと同じことに驚けたことはとても嬉しくもありました。

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ペンタイアは、96年のキングジョージを勝ちました。社台にトレードされ、この後日本で種牡馬入りとなります。

この日は歩かせる程度の調教でした。小さい馬で、黒くて疲れているのか首の動きがありませんでした。似た感じの馬はディープがこんな感じかもしれませんが。。

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ペンタイアより何かを感じさせたのはストラテジックチョイスです。凱旋門賞2連覇のアレッジド産駒で母父がダンジグでちょっとアンバランスな感じが当時はした血統でした。

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長距離ばかりが好成績であり、今までの来日馬を見ても長距離専門馬はつまらない馬が多いのですが、この馬は活気がありました。ダンジグ系にヨーロッパ系重厚母系は、現在の少し馬場の軽くなった欧州競馬の主流ですがこの馬は先魁だったかもしれません。レースでも3着になり、軽い馬場に順応する新たな一面を見せました。

シングスピールSingspiel「ミスターワールドワイド現る。」96年ジャパンカップ公開調教その1

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96年のJCは、外国馬は小頭数ながら、シングスピールにエリシオ、ペンタイアと豪華なメンバーになりました。

シングスピールは、来日時点ではまだ超一流とは言えず、BCターフの前哨戦のカナダでのG1を勝って、その勢いでBCも2着に入ってJCに出てきました。当時4才でした。

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本国のイギリスでは善戦のみの感じであり、直前のBCを善戦して参加してきたよくあるJC招待馬としてJCにやってきました。

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こういう直前米国で好走した欧州馬の場合、押せ押せでBCまで使ってきた影響で、疲れがが貯まったまま、長距離輸送で日本にやってくることになり、ローテーション的に状態が本当でなく、惨めな負け方をする馬が多いのですが、彼も例外なく、その疲れを見るからに貯めて公開調教に現れました。。。。

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ところが、彼は、どんなに疲れていようとも崩れない身体の線を持っていたのです。確かに細くて、強い調教は出来ないにもかかわらず、彼の強烈なアウトラインは、こちらに迫力すら感じさせ、病弱さを感じさせなかったのです。

JC勝利の後、97年のドバイワールドカップに勝ちます。

母は83年JCに出走したハイホークです。↓

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95年ジャパンカップ公開調教「分岐点の証人その3」カーリング、デーンウィン、サンドピットなど

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カーリングは、フランスオークス、ヴェルメイユ賞を勝って強さはフランス版メジロラモーヌと宣伝されていましたが、全くレースでは馬場が合わずに大きな着順になってしまいました。ローエングリンなどを彼女の子供達を見ていると活発な馬が多いですし、毛艶も冴えないタイプはいないようですので、毛艶がドンヨリしていて、走るフォームもあまり首を使わない感じが公開調教の時の印象でしたので、それだけ輸送でのストレスがかかっていたかもしれませんが。。とにかく社台が買ったのでお披露目で無理から走らせて駄目だった感じで終わりました。

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このころだったと思いますが、オーストラリアからの直行便がなくなり、一度シンガポールだったか香港だったかはハッキリしませんが、経由しないと日本にやってこれない状況になりました。

デーンウィンは、95年までに好走した豪州の馬と同様に2000㍍クラスの大きなレースを勝ちまくって、日本にやってきました。加えて血統的にもJCで勝ち負けをしてもおかしくなかったのですが良いところ無く敗れます。

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もう一頭、オセアニアから参戦したストーニーベイは、最下位に敗れます。このころ以降、オセアニアからの馬の善戦どころか、参加すら無くなってしまいます。

直通便があるかどうか。ないのなら時間はどれだけ長くかかってしまうかは、日本馬の海外遠征した際の現在はキーワードですし、あれだけ強いテイクオーバーターゲットですら、運んできた即のレースは2着でしたから輸送でのちょっとしたエクスキューズは大変なファクターの一つであることは確かだと思います。。

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このころ洋芝オーバーシードによる常緑化も含めた馬場改修も一定の方向性がでていたころかと思います。

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少し重くなった馬場で、アメリカからきたサンドピットアワドも期待されたほどは活躍できませんでした。

2頭とも形の良い馬体で好みでしたが。。。

95年ジャパンカップ公開調教「分岐点の証人その2」ランドLando、エルナンドHernando

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ジャパンカップを勝つことになるランドは、リーディングジョッキーのマイケル・ロバーツが進言して連れてきた馬でした。

固い馬場があっているタイプだとのことでした。追い切りを見ているととてもフットワークが軽くて、膝下も欧州の馬にしては短いですし、歩き方も軽やかで、何かを感じました。

いまから思えば日本の馬に似た気配の出し方をする馬だったと思います。

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成績上の固い馬場が得意なタイプだけでなく、そういう理屈でない感覚でジャパンカップに合いそうな馬を表現した最初の例だと思います。レースにとっては大きな出来事でしたし、海外のトップの騎手の騎乗機会が国内で増えた成果でもありました。

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エルナンドは、JCを勝ちたかったのだろうと思いますが、勝てませんでした。主力のアスムッセンを鞍上に94年95年と2度挑みましたが。。。3着でした。

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93年フランスダービー勝ち、94年凱旋門賞2着等の成績、ドバイも勝った名馬スラマニ、08年のイギリスオークス馬のルックヒアーの父となった成績と、こちらの方が欧州では、競争成績も種牡馬成績も上であると思いますが。。。

小さいけれど筋肉の収縮が素晴らしい強さのある馬でした。

95年ジャパンカップ公開調教「分岐点の証人」その1、ピュアグレイン

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95年のジャパンカップは、いろんな意味で分岐点となったレースだと思います。レースがローカルのお祭り的なエキシビション色を含むものから、ジャパンカップを勝つことの意義と、それにたいしての真剣さをやっと人間側、特に来日した側が自覚し始めましたから。

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ピュアグレインは、今までのジャパンカップの負の遺産ともいえる物見遊山的な関係者のために、レースで故障してしまったと。

彼女は、アイルランド、ヨークシャーオークスの勝ち馬として来日し、イギリスの旬のG1牝馬が見られると期待していました。

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馬はとても綺麗な馬でしたが、どうも調教が変です。英国の馬は固い馬場を出来るだけ避けて、芝が厚い外側で走らせるのですが、内側を走らせていました。引き上げてきても近づいてくる人を調教助手が手で追い払っていました。

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写真を現像してみると、通行証がジャンパーにシッカリあり、着替えていないことがわかる。。。ということは、飲み歩いて時間ぎりぎりにやってきて、ブーツ履くのがやっとで、調教も気分が悪いから、馬場の固さなんかどうでも良くって。。。

長旅をしたあとのレース前の調教がこれでは。。。

名牝が故障して警鐘が鳴りました。次の年マイケルスタウト厩舎は違う調教でジャパンカップを勝ちます。

94年ジャパンカップ「ある晴れた日曜の午後」マーベラスクラウン、パラダイスクリーク、エルナンド、サンドピット等

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94年ジャパンカップは、北米で94年だけでもG13勝を含む8勝を上げ最強クラスの一頭パラダイスクリークをはじめ、凱旋門賞2着のエルナンド、南米の一流馬で北米移籍後も好調のサンドピットなど個性的で骨っぽいメンバーが揃い、過去にBCターフを勝ったことはあるが、現在は不調というフレイズが全く注目されない、ある意味健康的なレースになりました。とても天気の良い日で、レースは大熱戦、大接戦で、昇り馬といえるマーベラスクラウンがパラダイスクリークを押さえて優勝しました。

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マーベラスクラウンは、前走京都大賞典を快勝、そこから勢いに押された感じでここも勝ちました。

それまでが勝てないのか勝ちたくないのか、善戦ばかりが続いていた馬でしたので、実績が薄く感じられ、弱い印象を抱かせ続けていた馬でしたので、秋の成長とはいえ、状態の良かった北米最強クラスを負かしての凄い勝利なのですが、時間がたった今でもピンときません。

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パラダイスクリークは、西山牧場の持ち馬でした。大きくて均整がとれて、力も強そうで、求められる何もかもが揃っている感じの馬でした。92年BCマイルで2着もあります。

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エルナンドは、凱旋門の2着があり、どんな馬か楽しみでしたが、小さい馬だったので少し物足りなさを感じました。

見ていくうちにバランスの良さ、センスの良さは感じ取ることは出来ました。フランスダービー馬でもあります。スラマニは彼の産駒です。

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サンドピットは、大きくて、いかにも気が良さそうな馬でした。

もう一つ何かが欠けている感じはするのですが、あまりに真面目にレースに集中している姿を見ているとなんだか走りそうな気がする馬でした。

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フレイズは、どうしてこの馬がBCターフに勝てたのか少し疑問が生まれる馬でした。これは日本で固い馬場でこそ走る馬のスタイルがあるように、北米の芝の馬場でこそのスタイルがあるのだと思いますが。武豊鞍上です。

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ジューンは、ヨーロッパから豪州に移籍して活躍した馬です。いろんな馬具をしていました。少し細かった感じを憶えています。メルボルンカップの勝ち馬でもあります。

ヨーロッパからのヨハンクアッツ、アップルツリーは、さほどの馬でなかった感が大きかったです。

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(ヨハンクアッツ)

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(↑アップルツリー)

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