「伝説を止めなかった馬」カツラノハイセイコ
80年代で関西がボロボロの低レベルであった時期に夢をくれた10頭もいない内の一頭が、カツラノハイセイコでした。
とにかくならんだら強い勝負根性は今思い返してみると血統からも来ているのがハッキリ分かります。
いまでは望んでも出来ない馬です。マイルで当時のマイル最強のニチドウアラシを負かしており、それでいてダービー、春の天皇賞勝ち馬だから相当レベルは高いです。
ただ小さな馬で全身全霊で走るので故障も多かった。
大きな故障から復活する際は、現在の坂路が逍遥道として存在していたのですが、そこを使って、時計を出さずに馬体を仕上げ、見事に復活しており、坂路整備のヒントとなっている側面も果たしています。
その当時は、時代の英雄だったハイセイコーの子供としてもてはやされて、その全てがハイセイコーのものでしたので、その辺は嫌な感じで見ていました。
彼が死んだことでハイセイコーの起こした熱風も思い出すことがなくなると思うと少しシンミリしますね。
(写真は、マイラーズ、大阪杯がモノクロ、カラーは宝塚記念)