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すばらしき名馬達 96~

日本以外はどこでも王様になれたのではと。。。キングヘイロー

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どちらかと言えば、少し荒れているとか、少し重い馬場とかでしっかり追い込んでくるタイプでしたから、思い切りストライドを拡げた方が有利な日本より、他の国だったら、もっと強かったんじゃないかと思います。

ひょっとしたら日本が一番不得意でそれ故一流馬程度の成績でなかったのかと。。。

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特にゼニヤッタとかレイチェルとかシーザスターズとかと共通したものがあるような気がして。。。母父になったときにもっと凄いものが出るような気もして。。。血統はこの20年くらいでは最高のものでしょうし。。

写真は97年12月短波賞の時のもの。

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98年ラジオ短波賞3才S「最も刺激的な12月」アドマイヤベガ

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11月京都の新馬戦で途中まで全く伸びずにありがちな良血馬のかけ声倒れかと思った瞬間に、一気に急発進したかのような末脚でワープしてしまい、周りを全て蹴散らしたために1着から降着となったアドマイヤベガは、次は、新馬を勝ったものとしてか、2000㍍のエリカ賞に出てきて、スリリングサンデーに勝って、この世代の№1になってしまいます。

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その次のラジオ短波賞では、全くの主役であり、4コーナーで追いついて、そのスピードのまま一気に勝負をつけてしまうレースで勝ち、他とは違う存在に昇ってしまいます。

彼の追いついてくる時のスピードがなんとも言えず迫力のあるもので、流れが速くなっているのに、その流れを一気に力感無く追い越していく姿は、次元の違う馬が出たなと感じさせてくれて。。。。(下の写真がエリカ賞)

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96年ラジオ短波3才S「ラストサムライ、ラストステイヤー登場」メジロブライト

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たしか、この年位から夏競馬の新馬戦で1800のレースが組まれてその新馬戦の勝ち馬がメジロブライトであったろうと思います。

勝時計は前半超スローのため2分を超えてしまい、ホントにやる意義があるのかと言われたものですが、その意義については彼自身の活躍がそれを証明し、ジャングルポケットをはじめ多くの名馬を排出する下地になりました。

サンデー一色に染まろうとしていた96年にメジロライアンの産駒である彼が登場して活躍し続けたことは自分にとってはとても嬉しい出来事でした。何しろ父ライアンの走る姿を見たことがあり、その子供がレベルの高い連中と戦って勝ってしまうのですから、心の中の浄化作用的な胸騒ぎはこの上ないものでした。

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写真はちょうど追い出されたところです。まだ中団の位置で、ここからごぼう抜きして、クラシック路線の主役の一人になり輝き出すその直前です。

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クラシックではもう一歩でしたが古馬になってからの活躍、特に長距離においての力強さはまさにステイヤーと呼ぶにふさわしいものでした。

ただサンデー系がこのレースを勝つとその後もこの周辺の距離が守備範囲となるのですが、他の系統の馬が勝つと他の距離とかヴァーミリアンのようにダートとかになっていってしまうのが面白いかなと。。。

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「受け継がれた輝きはなにか」ダンスインザダーク

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ダンスインザダークの子供を見ていると子供達はそれぞれが似ている印象を受けるのですが、それがダンスと似ているかというとそれには頷けないような気がして。。。

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彼は気性は荒かったですが、それは橋口厩舎であったからが主原因でしょうし、追い込みが武器であったように思えますが後天的な荒れた気性で前に行き、そこで武騎手によってギリギリのところでタメ殺さずに足を温存して3Fを相当な切れ味で差したからこそ、前に行った分、ロス無く立ち回れた分と素晴らしい素質に成り立っている末脚のコラボが成績がより上げることが出来た部分が多いのだと思います。

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だからホントはどういう馬だったか分からない感じが産駒をみているとするんです。ほんとは逃げ馬だったり、ディープのようにマクリが得意かもしれないし、子供達のように大人しい気性であったかもしれないし、マイルくらいを最初から最後まで圧倒する走りをするのが得意な名馬であったかもしれないし。。。

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「アイソウザライト」アグネスフライト00年ダービー勝馬

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(京都新聞杯)

アグネスフライトが新馬勝ちしてそのレースの鮮やかさが妙に気になってダービーの前に2度ほど彼を見に出かけて行きました。

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一度目は皐月賞トライアルの若葉賞で、この時は体調が悪いのか大敗してしまいましたが、キャンターの迫力になんだか圧倒されて、弟タキオンもそうであったあの掻き込むような前足の動きと後ろ足の大きなアクションのフォームに異次元のものを感じましたがあまりの大敗に自分の勘違いだろうと思わざる負えませんでした。

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(若葉S)

ダービー最終便となった京都新聞杯は今と違って内回りの2000で行われ、この時は随分と調子が上がっていました。弟タキオンと同じ色に馬体は輝いていましたし、母のフローラと同じようにキャンターでは一歩一歩に弾むような感じが余計に強調される走りとなっていました。

トライアルは最後方から差しきって勝利。そしてダービーを勝ってしまいます。

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ダービー後暫く私は涙が止まりませんでした。このころ競馬をほとんどやめていた私は時々大きなレースを見るくらい。

理由はテレビが見ていられないからでした。仕事はこの頃PCを遅くまで凝視し続ける生活で、目はドライアイ状態に。。

テレビを見ればつらくなり、カメラを背負えば肩こりが酷くなり、そして大混雑と場所取りばかりの競馬場では、競馬場通いを止めざるおえない状態でした。それがたまたま見た彼が気になり競馬場へ、そして何かを感じ、それが現実となって、どこかに感じるものがまだ残っていたと思うと。。。なぜか目から涙が。。フライトにはいまでも感謝感謝です。

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淡い予感のままで。。。テイエムオペラオー

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テイエムオペラオーは一度だけ、この99年京都大賞典だけです。京都大賞典に出走してくると聞いてワクワクして出かけていきました。なにしろ初めて日本でサドラーズウエルズ系で強力な馬がでてきたのですから、凄い期待していました。

サドラースウェルズは、83年から5年間ほど購読していたイギリスの競馬雑誌のペースメーカーの中で競走馬として活躍していて、産駒がデビューし欧州のトレンドとなり、基礎的なクラシックの機軸となった時代を私はビデオマガジンのレーシングワールドで海外競馬を見ていましたので、どうしても彼の系統の産駒で一流馬を日本で見たいとの思いは相当にありました。

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オペラオーは馬体がキリッとしていて、品があり、そして筋肉が強そうな良い馬だなと感じて好きになりましたが。。。。その年のジャパンカップがいけなかった。。招待馬のモンジューをを見たときオペラオーへの興味は薄れました。

ルドルフ並みの筋肉の柔らかさとその動作の速さ。。。それでありながら馬体のダイナマイト級の迫力。。。。同じサドラーズウェルズ系の淡い予感は、強い衝撃に打ち消されたのです。

(写真は99年京都大賞典)

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「至高の存在」スペシャルウィークの99年

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99年のスペシャルウィークは、最後が有馬記念のハナ差で終わったため、印象が薄くなっているのですが春の天皇賞を取るまでの、完璧な強さは、特筆されるものだと思います。

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まさに父方と言うよりも、母父マルゼンスキーからのそして日本的母系に入っているセントクレスピンを介してのハイペリオンの晩成の何かが彼を大きくした感じがします。

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天皇賞は、逃げるセイウンスカイをマークしながら追い込んでくる前年の春の天皇賞馬のメジロブライトを押さえきる完璧なレースをします。

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(99年春天皇賞4コーナー)

このレースは武騎手の騎乗も冴えていて、逃げたセイウンスカイに楽をさせずに少し早めについて行き、それでいて追い込んできたメジロブライトを少しだけ馬を外に出しながら真っ直ぐに走らせずに押さえきりました。

この高等戦術を見事にシュミレーションのように理想的にやってのけたのですから着差タイムなどでは目立たないですがパフォーマンス自体は歴代の名馬と最高のパフォーマンスと比べても、このレースのそれは最上位に位置できるものであったと思います。99kyd02

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(99年京都大賞典)

その後疲れがでたのも当たり前です。宝塚記念、休み明けの京都大賞典は、負荷の大きすぎるレースを戦った後の疲れた馬の結果となってしまいました。

その後の天皇賞秋、JCはその調子を戻しただけでの完勝してしまいました。これも凄いことです。

産駒が活躍中ですが、フレッシュな状態の時に彼が素晴らしい歴史的なパフォーマンスをできたように彼の産駒も常にそれを欲しているのだと僕は産駒たちを見ていて思います。

「3つ数えろ」スペシャルウィークの98年

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スペシャルウィークをはじめて見たのは京都新聞杯でした。

78年からサッカーW杯をみて、熱狂するようになった私にとって98年は特別な年でした。日本代表の価値を上げ可能性を開き、上昇気流に乗せ続けたカズが日本初めてのW杯のメンバーからはずれた週に彼はダービー馬になりました。

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武騎手はそれまでシャダイカグラ、ダンスインザダークで東京2400のクラシックをゴール前で差されて負け続けて仕掛けが少し早いことを指摘されていました。セオリーである坂を上がってから3つ数えるくらい余裕をもって追い出さないとゴール前までもたないと。

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そして98年抜け出せるとわかった時、武騎手は手綱を3回持ち替えてフレッシュな手応えを作り、そして追い出しました。

私は、その執念とも言える騎乗に見事なパフォーマンスで応えた彼に感動し、惹かれました。

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京都新聞杯のパドックでは細さを感じさせるものの歩き方の凄みに圧倒されたと。。。。

レースは、キングヘイローとの差し足の伸ばし合いになり、相手より少しだけ外を回りながらも勝った強い内容でした。

菊花賞では、仮柵が外されて内側にグリーンベルトができ、そこを通らないと、コースロスも含め、勝てない設定で争われました。

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(ここまで写真は98年京都新聞杯)

4角手前からマイペースで逃げるセイウンスカイを追いかけて、逃げ馬を掴まえるには少し早めの仕掛けが必要ですが、その仕掛けの中でもゆっくりダービー時のパフォーマンスを信じて追い出しされました。

それで勝てるはずでしたが。。何故か内側で待っていたように同時に仕掛けたメジロランバードがグリーンベルトを通っていたにもかかわらず、そこから外へコースを替えてまではみ出してきて、彼を外側にふくらませてグリーンベルトから大きくはじき飛ばしました。

なぜこのようなコース取りになったかはわかりません。

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(98年JC)

メジロランバードの騎手は、次の週の同じ舞台の京都のG1を今度は内を狙って、その有利さを生かし切って勝っていますから、このグリーンベルトをはずれることがどれだけ勝負に致命的な結果がでるかはは良くわかっていたはずです。

まず自分の騎乗馬に一番不利になる方法をどうして知りながらとったのか。。。自分の騎乗馬とスペシャルウィークが必ず負けることが確定する以外、他には何も求めていない騎乗に感じられました。

その騎乗は他の関係者の方にはその利益が何も及ばないのだから今でも疑問が消えません。前に抜け出すコースもありましたし、ほかのランバートのレースを見ていても外にふくれるクセなんてないですから今でも疑問なのです。。

いつもこのことを考えると暗くなりますが、このことをもし事前に知っていた人がいたなら、馬券を2頭をはずして買えたでしょうが。。今のように馬単関係もない時代なのでなんとも。。

レースは、それでも立て直して真っ直ぐに走れたのが直線200ほどだったにもかかわらずに、彼がよく追い込んで決定的な差がつかなかったことで、彼の強さ、彼の将来の大きさが見えた結果となりました。

3才で挑んだジャパンカップの時は、この2レースの疲れがあったのか、パドックでもイマイチで、鞍上も武騎手が騎乗停止で岡部騎手に変更と後手後手の感があり、万全で挑んだ2頭に先着を許す結果となりました。

(98年JCは、JCのカテゴリーを見てください。)

「多面体の輝き」スペシャルウィーク

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(京都新聞杯)

この馬をどう載せるか。。。相当迷ったのですが。。。

何回かに分けて正直に思ったことをと思います。。

この馬には教えられ、そしてこの馬を通して競馬を考え私にとっては特別な存在です。菊花賞前の京都新聞杯、3歳時のJC、春の天皇賞、京都大賞典と4回見ました。

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(天皇賞)

細いながら、勝ったときのパドックでの雰囲気には独特のオーラがあり感動したものです。

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(京都新聞杯)

産駒が今年活躍中なのも嬉しいです。血統的に言っても日本の古来の牝系に伝説のマルゼンスキーに、サンデーと血統表をしばらく眺めていられる存在でした。

フサイチコンコルド「胸騒ぎのサムシングエルス」96年ダービー勝馬

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(写真は全て2走目のすみれS)

96年1月5日、仕事始めの昼休み職場のテレビの音を小さくして見た新馬戦でフサイチコンコルドは、京都の外回りの1800の新馬戦をかなり外を回りながら勝ちました。

調べてみて1分50秒を切っているタイムだったことが分かりましたが、画面からも速さも感じたこと、えらい速いタイムやなと感じたことだけは憶えています。

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2走目は、軌道に乗れずに阪神になりましたが、この日はメインレースが阪神大賞典であり、ナリタブライアンとマヤノトップガンが出走するということで土曜日なのにG1並の人が集まっており、やっとパドックの位置を確保してメインレースを待っているところへ彼が直前のレース出走でありパドックにでてきました。

普通ならただの1勝馬であり次のレースが目的で一度離れたら、もう良い場所で写真が撮れないので、本場場入場以降は見ないのですが、なんだかパドックの周回を重ねて何度もフサイチコンコルドを見ているに、これは返し馬のキャンターだけでも見て写真を撮っておかないと後で後悔することになると、ひょっとしたらバッタものかもしれない血統馬のためにパドックを離れることを自分の感というか胸騒ぎを信じて決めて返し馬の写真を撮りました。

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ダービーの際、先頭に立って圧勝しようとしているダンスインザダークに彼が追いついてきて2着だろって感じになって、2着になるんだから、あのときの自分の感は正しかったんだって喜んでいたのですが。。。。その後、その何かの本編がまだ残っていて、まるで誰かの力を使ったように先頭を入れ替えてしまって3戦無敗でダービーを勝ってしまいました。