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「私の淀40年物語」ミホシンザン(1987年天皇賞春1着)

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4歳時を故障の影響かさえなかったミホシンザンですが、5歳になって連勝してきて、楽に天皇賞を勝つだろうなと思って見ていて、内に切れ込んで、突き放した時はやっぱりと思ってカメラを向けたのですが、レースは大外からニシノライデンが一気に来ていて、接戦になりました。

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結局ニシノライデンは、直線で斜行したために、失格となり、(今のように降着失格がないので単なる失格)その接戦の記録が残ってないのが残念ですが、本命馬が勝つゴール前のざわつき方でなく、いったいどうなるんだっていう声を聞きながらもカメラはミホシンザンに向けていた記憶はいまでも残っています。

ニシノライデンはルドルフ世代であり、改めて他の世代のトップと接戦できる能力に、その世代で突き抜けていたルドルフの凄さを思い知った瞬間でもありました。

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ミホシンザンが皐月賞、菊花賞、天皇賞春、ミナガワマンナが菊花賞と、シンザン産駒の大レースでの勝利は4勝のうち3勝までが京都であり、栗東に集約される前に、京都競馬場の武田厩舎で過ごしていたシンザンと淀の相性は良かったのかもしれないなと思います。

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シンザンが取れなかった中山での皐月賞(シンザンは東京で施行の皐月賞を勝利)、春の天皇賞(シンザンは春は出走せず秋の天皇賞3200を勝利)をミホシンザンが制覇することにより、日本の牡馬の根幹のレースを産駒ぐるみで全て勝ってしまったことは珍しい記録かもしれません。

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