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2021年1月

「私の淀40年物語」ミホシンザン(1987年天皇賞春1着)

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4歳時を故障の影響かさえなかったミホシンザンですが、5歳になって連勝してきて、楽に天皇賞を勝つだろうなと思って見ていて、内に切れ込んで、突き放した時はやっぱりと思ってカメラを向けたのですが、レースは大外からニシノライデンが一気に来ていて、接戦になりました。

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結局ニシノライデンは、直線で斜行したために、失格となり、(今のように降着失格がないので単なる失格)その接戦の記録が残ってないのが残念ですが、本命馬が勝つゴール前のざわつき方でなく、いったいどうなるんだっていう声を聞きながらもカメラはミホシンザンに向けていた記憶はいまでも残っています。

ニシノライデンはルドルフ世代であり、改めて他の世代のトップと接戦できる能力に、その世代で突き抜けていたルドルフの凄さを思い知った瞬間でもありました。

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ミホシンザンが皐月賞、菊花賞、天皇賞春、ミナガワマンナが菊花賞と、シンザン産駒の大レースでの勝利は4勝のうち3勝までが京都であり、栗東に集約される前に、京都競馬場の武田厩舎で過ごしていたシンザンと淀の相性は良かったのかもしれないなと思います。

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シンザンが取れなかった中山での皐月賞(シンザンは東京で施行の皐月賞を勝利)、春の天皇賞(シンザンは春は出走せず秋の天皇賞3200を勝利)をミホシンザンが制覇することにより、日本の牡馬の根幹のレースを産駒ぐるみで全て勝ってしまったことは珍しい記録かもしれません。

「私の淀40年物語」メジロデュレン(1986年菊花賞1着)

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さて、86年菊花賞です。勝ち馬のメジロデュレンの成績を調べると5月に初勝利、そこから5勝目が菊花賞。2着は暮れに有馬記念に勝つダービー馬ダイナガリバーというのですからレベルは高かったと。

父はフィデオン、うろ覚えですが野平雄二騎手がフランスに移住して、日本人馬主が共同で馬を買って、野平騎手騎乗で走らせて、海外の大きなレースに、という志の元の一頭で輸入され、種牡馬となり、メジロデュレンを出したと。

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メジロデュレン自体はステイヤーと呼ぶにふさわしいのかもしれません。ペースがきつくなった12ハロン以上では強さが感じられる馬でした。メジロマックイーンの兄でもあります。

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それにしても雨の中を、今のように場所取りして、パドックでもレースでも直前にやってきてしれっと最前列で撮っている輩と違い、ずっと待ち続けてのパドックもレースも写真撮影、偉いなぁ。

 

「私の淀40年物語」メジロラモーヌ(86年、唯一の牝馬三冠馬)

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牝馬三冠馬と言っても、内回りの2000の秋華賞が三冠目になってからは多く、2400のエリザベス女王杯が三冠目の時はメジロラモーヌ一頭しかいないといういわば、旧スタイルで唯一の三冠達成のレースを見れたことは凄く大きかったのですが、写真は失敗しています。

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三冠をうまく撮ってやろうという心が大きすぎてこうなったのは今でも自分の教訓です。2400の三冠目はとても魅力があったので、今となっても秋華賞での三冠目にはなぜか納得がいきません。欧州のように三冠目はセントレジャーしかないように、牝馬三冠も三冠目は菊花賞で語られるべきかもしれません。

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メジロラモーヌの印象はただただ強かったしか今でも覚えていません。いまならマイルからの牝馬路線で君臨していたと思います。

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