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「私の淀40年物語」シンボリルドルフ(1984年菊花賞)

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無敗の三冠馬、この時これはさほど重い言葉ではありませんでした。それほどルドルフは抜けていました。2月ごろルドルフの写真をみて、これは凄いと思った私、実馬のルドルフを見たのはこの時が最初でした。パドックでの柔らかい筋肉、しっかりとしたフォルム、それが少し薄暗い環境で浮き上がっていました。

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レースは、ゴールまであと100を切る地点で見ていてハッキリ1周目の1コーナーでのうちに包まれて不利がわかりましたし、そのまま出られない状況が4コーナー手前まで続いているので、ひょっとしたら無理かなと思って、カメラを覗いていてもルドルフの赤い帽子が画面に入ってこない、少し待っていても見えてこない、たしかここらへんで力の違う馬を一気にサルノキングが負かした時にはここでっていう地点を過ぎても見えてこない、ビジョンがないので確かめられない時代でしたから、あーダメかって思ったときに見えてきて、そこから一気にグイときて、通り過ぎるときには凄い迫力で。

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まだ若者だった私、ゴールでの結果よりも、馬の迫力を感じる場所で撮りたいと意地を張っています。当時は現在のようにゴールで出し尽くすというより、その少し前で出し尽くしてそこから騎手がもたせる感じのゴールだったので、写真を撮るとゴールでは馬の迫力がない時が多かったのです。そのために暗い天候の日なのに照明が照らさない地点で撮ってしまっています。

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ルドルフが抜けていた世代ですが、戦っていたビゼンニシキは孫までG1馬になりましたし、スズマッハはミスターシービーにもニホンピロウィナーにも接戦をしましたし、スズパレードは後の時代で中距離で最強だったニッポーテイオーを負かしましたなど世代を比較するとレベルが高い世代でしたが、ルドルフはそれをはるかに超越しており、前年三冠達成のレースを見ることはできて満足はしたけれど、勝ち馬に迫力を感じずに結果だけになってしまった三冠に感じた虚しさを完全に打ち消してくれた勝利、何しろ前年はシンザン像を見ながら「これが三冠ならシンザンもつまらない馬だったんだな」ってつぶやいてましたから、次の年に真の三冠馬の興奮に巡り合えたことは凄く幸運だったと思っています。

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