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2020年10月

「私の淀40年物語」シンボリルドルフ(1984年菊花賞)

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無敗の三冠馬、この時これはさほど重い言葉ではありませんでした。それほどルドルフは抜けていました。2月ごろルドルフの写真をみて、これは凄いと思った私、実馬のルドルフを見たのはこの時が最初でした。パドックでの柔らかい筋肉、しっかりとしたフォルム、それが少し薄暗い環境で浮き上がっていました。

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レースは、ゴールまであと100を切る地点で見ていてハッキリ1周目の1コーナーでのうちに包まれて不利がわかりましたし、そのまま出られない状況が4コーナー手前まで続いているので、ひょっとしたら無理かなと思って、カメラを覗いていてもルドルフの赤い帽子が画面に入ってこない、少し待っていても見えてこない、たしかここらへんで力の違う馬を一気にサルノキングが負かした時にはここでっていう地点を過ぎても見えてこない、ビジョンがないので確かめられない時代でしたから、あーダメかって思ったときに見えてきて、そこから一気にグイときて、通り過ぎるときには凄い迫力で。

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まだ若者だった私、ゴールでの結果よりも、馬の迫力を感じる場所で撮りたいと意地を張っています。当時は現在のようにゴールで出し尽くすというより、その少し前で出し尽くしてそこから騎手がもたせる感じのゴールだったので、写真を撮るとゴールでは馬の迫力がない時が多かったのです。そのために暗い天候の日なのに照明が照らさない地点で撮ってしまっています。

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ルドルフが抜けていた世代ですが、戦っていたビゼンニシキは孫までG1馬になりましたし、スズマッハはミスターシービーにもニホンピロウィナーにも接戦をしましたし、スズパレードは後の時代で中距離で最強だったニッポーテイオーを負かしましたなど世代を比較するとレベルが高い世代でしたが、ルドルフはそれをはるかに超越しており、前年三冠達成のレースを見ることはできて満足はしたけれど、勝ち馬に迫力を感じずに結果だけになってしまった三冠に感じた虚しさを完全に打ち消してくれた勝利、何しろ前年はシンザン像を見ながら「これが三冠ならシンザンもつまらない馬だったんだな」ってつぶやいてましたから、次の年に真の三冠馬の興奮に巡り合えたことは凄く幸運だったと思っています。

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「私の淀40年物語」ハッピープログレス(1984年スワンSより)

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ハッピープログレスは、84年春のまだG1でないスプリンターズS、京王杯、安田記念を3連勝して、短距離の絶対王者と関東では思われたようですが、その間、ニホンピロウイナーが故障しており、関西では2番手と思われていた存在でした。

このレースでも圧倒的な差で3着に負けます。勝った時は美しい勝ち方が多い馬でしたが目の前で彼が勝ったレースを見ることはできませんでした。

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騎手は武邦彦さんです。息子さんが撮られることはなんともないけれど、カメラを向けると露骨に嫌な顔をされました。当時はギャンブル色が強く、酒飲んでヤジ飛ばしてが当たり前の時代をズッと過ごしてこられた騎手には異様に見えても仕方がありませんが、その分を差し引いても嫌な顔をされていたようでそれが今でもどこかに残っています。

 

「私の淀40年物語」ニホンピロウイナー(1984年スワンS)

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84年競馬場には10回以下しか行っていませんが、そのうち2回がニホンピロウイナー、シンボリルドルフなど名だたる伝説の名馬を見ていたことが、いまだに凄いなと思っています。

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レースはもう圧倒的な強さでニホンピロウイナーが勝ちます。今言われるのは最初のマイル王のイメージですが、多分1400~1600の間の距離なら、ほかの時代の名馬たちより抜けている強さを持っていたと今振り返ると思います。あっという間に大差勝ち、それがスワンSでした。

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ニホンピロウイナーと2着にシャダイソフィアがこのレース8枠に入っており、友達が当時枠連しかなかったけれど、ゾロ目が55倍ついているので買うんだけれどお前もどうだって言われて300円勝ってもらって、しばらく餃子の王将通いが満喫できた思い出もあります。

追記)そういえばこのレース、84年春のクラシックでルドルフと競い合ったビゼンニシキが秋初戦として出走していました。菊花賞には出ず中距離路線に進路をとったのですが、故障しています。その後種牡馬となりG1馬も出しています。

「私の淀40年物語」モンテファスト(1984年天皇賞)

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前年天皇賞で、名馬アンバーシャダイと接戦を演じたホリスキー。その後故障があり、出走してきたのが中山のオープン、ここを勝って本命で84年天皇賞に出てきました。前年の接戦がなければ、急仕上げの実力馬で死角が多い馬だったのですが、82年に菊花賞も楽に勝っていること、ほかにバリバリのオープン馬もいないので、抜けた本命だったのです。もしも程度で長距離の名馬モンテプリンスの全弟のモンテファストが注目されてはいた程度でした。

レースはモンテファストが鮮やかに勝つのですが、レースはゴール前まで混戦で直線一杯に使ってのレース、まだビジョンはなくて、肉眼でどれが先頭かを見極めなくてはならないので混乱したままレースが終わった印象でした、モンテファストをうまく収めた写真はこのパドックの1枚だけです、かろうじて。

「私の淀40年物語」エリモローラ(1984年日経新春杯より)

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1月中旬で雪が降って芝のレースができない時は、ダートコースに変更してレースをやっていたころで、84年の日経新春杯は雪のためダートでのレースに変更になって、ダートに適性があったエリモローラが圧勝してしまいました。このころダートの重賞はほとんどなく、芝のレースを勝ってオープンに上がった馬でダート適性がある馬が、雪のためにダート変更になったときとかは圧勝するケースがあったのですがその最たるケースがこのレースです。

たしか84年のこの冬はこのくらいまで雪の降り方がましだったのですが、1月下旬から毎日のように滋賀県の北部など雪が降る地域では豪雪になり、太平洋側でも降雪の被害が何度もあったと記憶しており、そのために春の芝のレースは、冬中、雪と寒さで生育が遅いところを踏みつけたためにボロボロになった芝で行われることになりました。

 

「私の淀40年物語」ミスターシービー(1982年菊花賞)

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11月の菊花賞はホントに見事でした。馬も景色も太陽の光も美しい季節のクラシックレース、その中で三冠馬が誕生する瞬間を見てみたい、1983年は夏風邪で急仕上げながらもトライアルにミスターシービーが出てきて、春の唯一のライバルだったメジロモンスニーが故障し、トライアルを勝った馬たちがさほど長距離に適性がなさそうだと思われたときに決まったようなものではありました。

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自分のブログであり、最前列でカメラを構えていたので、書いておかなければなりませんが、4着に負けたリードホーユーの方が迫力も馬の美しさも感じました。三冠馬達成の瞬間を見られた充足感は凄くあったけれど、それ以上に長期休養明けから前走急仕上げでトライアルを2着し、当時はレースをたたき台にして仕上げる方法であり、トレセン以外に本格的に調教をやる施設は関西にはさほどなかったので、調教不足は明らかでその分動けないのがわかるけれど、走るフォームの質の違いはレンズを通してシービーより1段上であることは(素人がわかるんだからほとんど専門家はわかると思うけれど)明らかでした。リードホーユーは暮れの有馬記念で、古馬を完封して、そこで私の受けた感が正当だったと証明してくれました。

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ただ記録は偉大です。なにしろ、中山、東京、京都、とくに11月第2週というオリジナルの日程での最初の三冠馬はミスターシービーなんです。なぜか一番褒められて良い部分がいまだにスポットが当たらない。記録では儲からず、どうやっても勝てた菊花賞に後付けの物語をくっつけてやたら儲けた輩がひっこみつかなくなってしまっている愚かさ、いまでもそれが延々とシービーの栄光を汚しているようにみえるのですが。

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凱旋門賞が迫ってきました。この数年で凱旋門賞を連覇した牝馬が2頭、この10年で牝馬が7回勝っているレースです。凱旋門賞ではありませんが、3連覇を狙いトライアルとしたヴェルメイユ賞での圧勝は今でも忘れられません。

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「私の淀40年物語」カツラギエース(1983年京都新聞杯)

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NHK杯を勝ってダービーは健闘したけれどのレベルだったカツラギエースがまさに確変してきたのが京都新聞杯(当時11月施行の菊花賞のトライアル、日程的には現在の菊花賞の日程で施行)でした。

夏風邪から復活して三冠を目指すミスターシービー、故障から久しぶりに出てきた大物と呼ばれたリードホーユーなど相手に何らか相手に理由があるものの圧倒して圧勝しました。ものすごく強い印象があるというか。こんなに差が開くんだ的なことを思ってました。

 

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とにかくこの年の春のことを考えると、ミスターシービーに食い下がったのはメジロモンスニーだけであとは随分レベルが低く、そのモンスニーが故障で出てこない菊花賞はどうやってもミスターシービーが勝つはずでそうなるとシンザン以来の三冠を見ることができる。どんな形でも三冠馬がみたいと当時思ってましたから、このカツラギエースの勝利は当時の自分には衝撃でもありました。ただカツラギエースは折り合いが付きにくい馬で菊花賞では大敗します。

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