2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

« 「私の淀40年物語」1982年メジロカーラ(京都大賞典) | トップページ | 「アークトライアルが始まる前に」2020凱旋門賞について »

「私の淀40年物語」1982年ビクトリアクラウン(エリザベス女王杯)

App2747

名古屋競馬が開場するとか、17日には地方重賞もあるので出かけてみようかと思ったりします。競馬場に通って30分に1回のレースを見て過ごすのはなによりの時間ですから。

1982年が長くなりました。ちょうどテンポイントが中学くらいの時期に出てきてっていう世代が競馬場に多くいて、下宿をしていた私は、競馬場に通って同じ思いの人と知り合い、楽しい時期でした。

App2744

ビクトリアクラウンは今でいう2歳女王で、春のクラシックの絶対的存在でしたが故障、秋の1冠に間に合わせてきて、まさに力の違いを見せて勝ちました。テスコボーイの種牡馬での大成功で、テスコボーイの父プリンスリーギフトの産駒が多く日本にやってきました。その一番手がファバージであり彼女はその産駒です。産駒はきれいな馬体をした馬が多かったと思います。鞍上は当時タケホープでハイセイコーの敵役だった嶋田功騎手です。

App2746

お金がない学生時代、缶コーヒーと今でもあるカレー味のホットドッグで我慢してパドックに張り付いて、馬体を見ては種牡馬の名前がなにかを当てる一人遊びをこのころよくやっていました。なのでファバージの産駒のラインはよく覚えています。

App4153_20200914161301

ネットで調べながら書いているのですが女王杯の後、彼女の成績は振るいません。長距離の大レースに照準を絞って馬の成長は二の次で使ってくることが影響したようにも今からだと見えてしまいます。

2着はミスラディカル、騎手は音無騎手(現調教師)、音無厩舎の愛馬スティッフェリオがG1勝ったら、その当時の写真を祝勝会にもっていって、昔話に華を咲かせるのが最近までの小さな夢でした。

PR)

Photo_20200906085501 Pr21_20200906085701

 

« 「私の淀40年物語」1982年メジロカーラ(京都大賞典) | トップページ | 「アークトライアルが始まる前に」2020凱旋門賞について »

私の淀40年物語」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「私の淀40年物語」1982年メジロカーラ(京都大賞典) | トップページ | 「アークトライアルが始まる前に」2020凱旋門賞について »