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「私の淀40年物語」そのプレヴュー

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40年前はやたら記念入場券が出ており、取り壊される現在のスタンドができた時は、その開催は毎週出ていたと思います。今もパドックにあって、次のパドックにはなくなってしまうモチノキは、その1代前のスタンドの時から現在の場所にあったわけでなく、もっと北側多分、シンザンゲートからスタンドへ上がっていく階段付近にあって、当初取り払うはずが、京都といえばパドックのモチノキは必須であるとの声があちこちから起こって、今の位置になりました。

40年昔は、今より礼儀、礼節に個人が厳しい時代でそれをやりながらも個人の主張はハッキリする時代で右から左まで様々な価値観がありました。現在は、これだけの危機が迫っていても礼節は緩く、逆に個人は主張しないことが望ましい、主張はなにかに押し込めて誰かの強さを感じる言葉や感覚で自分を着飾っている感じ、主張が決して外に出てこないから何も動かない、だからモチノキ1本にしたってなんの議論も起こらない、押し込めている空間でお金が発生するのを競っているうちに時間が経過してしまう、昔競馬場にいると覚えた感覚が世間に充満していて、なんとなく競馬場にいた方が今ではその空気が薄いような気がする。それが40年なのかもしれないと。

グダグダ言いながら多分40本くらいこればかりと愛馬の話でこのブログは続くと思います。多分不要な記事を削除して、それで容量満了となるはずです。もうしばらくよろしくお願いします。

写真は、40年前の入場券を張ったスクラップブックです。

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