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「幸せでしたよ。ありがとう。だからくれぐれもお大事に」スティッフェリオ(引退)

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(小倉大賞典)

放牧先で屈腱炎が見つかり、広範囲だそうで引退となりました。仕方ないですね。よく走ってくれました。最後の10月の淀でもしかすると会えると思っていましたが、何しろバステッドを3代目にもって日本で成功していたのはディープインパクトの次がこの馬のはずで、ディープがいわゆる馬体にしては大きな爪を持っていたのににたいして、この馬はそれなりの大きさだったのでその分瞬発力がなかったけれど。

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(オールカマー)

だけれどいまのところ成功していない母父ディープインパクト、母父ディープ産駒にこの馬を交配すると、例えば古くはルドルフとジャパンカップで競り合って負けなかったベッドタイムもバステッドの孫だし、欧州重厚系で日本の芝に相性が良くて、しかも世界も走れる血統もできるかもしれない血脈を他より薄くしないで済むことができるはすで、自分の持ち馬でありながら、馬体の形も含めて、もう一押しあれば種牡馬になれて競争生活よりも良い未来が待っているものと思っていただけに、なんとかならないかと思いますが。。。それが残念ですね。(バステッドの血が濃くならないが薄くならないクロスでの可能性は結構あると思うんですが)

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(1歳11月)

初めて参加したツアーは、長い15年の介護生活が終わった次の年、それで目移りして訳も分からず牧草地を焦って動きまわっていたところを、ヌッと横切っていって「大きな馬だな」と感じたけれど、数字はそれほどでなくて、それなりにそれで可能性を感じて。そこからズッと幸せでしたよ。だからありがとう。くれぐれもお大事に。

 

 

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