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「ゆっくりと昔語り始めます⑧」ヒカリデュール

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さて縦型写真で昔語りをするテーマで8回目です。多分タマモクロス、カツラギエース、シンボリルドルフで終わりかなと思いますが。8回目は1982年秋、凄い輝きを放ったヒカリデュールです。

 この年代ではまだトレセンには調教コースとしてダートと芝しかなく、トレセン以外にトレセン機能を備えた休養施設(外厩)はほとんど皆無でした。現役馬の骨折などの長期休養を必要とする故障も多く、厩舎の馬房が一杯にならない状態だったんです。円高による外国のトレーニングセールから馬を連れてくる時代もまだ本格的に到来しておらず、そのため地方の活躍馬を連れてくることは理にかなった方法でした。いまより地方との差もありませんでしたから、軽い芝血統の馬は十分通用しました。

 ヒカリデュールの記憶を呼び戻すと、まず最初の9月の朝日チャレンジカップをメジロカーラを差し切って勝利、黒くて大きな馬で末脚が凄い馬だなが印象でした。友達がオッズ40倍のぞろ目の枠連を5000円賭けていて20万獲ったのを今でも覚えていますが。続く10月末の秋の天皇賞、当時3200mを追い込んでメジロティターンの2着、そして11月末の第2回ジャパンカップ、今から振り返って外国馬JC史上最高のメンバーでのレース、関東の有力馬が惨敗の不名誉から逃避を理由に出走しない中を末脚勝負で2馬身差5着、掲示板をみて凄く誇りに思ったことを覚えています。続く有馬記念では最後方近くから直線だけでごぼう抜きにしてJC逃避組を差し切って、正直者が報われる勝利、本当に酔いしれました。

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 この第2回JCなどを追いかけた藤野広一郎さんの本の中に初めて欧州からやってきた外国馬関係者の仕事に関西の関係者が「非常に丁寧な仕事で感心しました」と感想を漏らしています。日本の出走馬は当時5頭、関西馬3頭は全て地方出身馬、関東からは2頭で1頭は関東本流とは少し距離を置いていて欧州競馬に知見のあるシンボリ牧場所有で野平厩舎のスイートネイティヴでしたから、「非常に丁寧な仕事」の精神は関西だけに持ち帰えられたことになります。

 この当時は関東絶対有利でした。だから逆に負けるのを嫌がった。ちょうど栗東にはこのころ坂路の前身の逍遥馬道コースができていたころでした。第2回の精神とチャレンジスピリットがやがて現在の関西優勢を築いていくことになります。

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