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「明かりはいつも輝いていてほしい」スワーヴリチャードSuave Richard(ジャパンカップ1着)

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39回目のジャパンカップ、とうとう外国馬が来なくなってしまった。その代わり外国人ジョッキーは多く来たけれど。問題はまず検疫、白井から府中への行程約10日間にいまではというかパート1国になってからはゲート試験が外国馬に課され負荷が大きくなった。日本馬同士でも実力が同じなら中間ゲート試験を受けた馬とそうでない馬とどちらが有利か明らか、その負荷を増やして参加してくれって言っても、加えて日本馬の調教環境は、39年の間に坂路だの、ウッドチップだの、ポリトラックだの外厩だのレベル、バリエーションが増えて格段に上がっているのに遠征してくる方の環境面はさほど更新されていない、多分遠征してくる不利に加えてこの環境の作為的不備分を足せば、相当な不利になっていると思う。

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昔80年から90年代、欧米のレベルは現在より高かった、それに遠征して3秒負けていた、いま遠征して6秒差、なのにジャパンカップにやってこないのは、特定の馬を勝たせるために作ったような高速馬場も含め、環境面での魅力が著しく落ちているんだと考えるのが普通で、日本馬が強くなっているのをまず持ってきて外国馬不在を論じるのは危険すぎると思う。

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日本馬が遠征した場合、調教はニューマーケット、シャンティイとその国の馬たちと同じ環境が与えられるけれど、日本の場合は遠征してくる馬に頑なに自国の馬と同じだけの環境を与えるのを拒否している側面はもはや前例として定着してしまっている、この面を先ず変えることからはじめて、国際レースの実施に関する考えを根本から大きく変えなくてはいけないと思う。

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さてレースはチークをつけてくるスワーヴの事前のアナウンスされたチークが白いものだったのに、色を変えて大きさも工夫して出てきたのが印象的だったと。それでやっぱり来たかっていうレースであったと。

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あとはただ暖冬というか他の施設より雪の被害が少ない分運動ができて優位だった天栄が、勘違いしてクロスノーズバンドの多用がその一因だと思い込んだもんだから、その勘違いの被害がダンダン月日を重ねると表面化してきて、フォームが小さくなって結局は距離がこなせなくなってくるか気性難を見せるなんてのが目立ってきて。(この馬具使った天栄の馬って頭と首の角度が直角に近くなっているので、本当はもっと真っ直ぐに首と頭がなるのが普通なのに、)

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その代表格のレイデオロは道悪をこなせなかったんだけれど、それに加えて距離が持たない馬の典型的な負け方になっているし、出てこないけれど、クロスノーズバンドをつけて凱旋門賞走ったブラストワンピースは、有馬を早々に自重しなければならないほどの状態だし。

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パドックでは、ワグネリアンのデキが良かったかと。ただレースで先行するのか追い込みか決めにくいだろうと。なので馬券は、シャレで、レイデオロが大敗するのを確信していながらも、レイワでレイデオロとワグネリアンを2頭軸で、元年なんで1番のカレン、マーフィーが名前がオイシンで、オイシンのOが0ゼロに見えてこれも元年の元に縁があるので、2頭軸のワイドで。トホホ。ボックスにしとくんだった。

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写真は久々に1階スタンドから。午前の雨で人出は少なかったのが幸運だった。指定席は当たりませんでした。スプリンターズ、秋天、ジャパンカップと当選確率16倍の分野でありながら、秋は外れまくっており、これ計算すると5万分の1の珍しい状況、これで有馬外れるとほとんどJRAカードの来場数に応じて当選確率が振り分けられる表記は価値なしの誇大広告になる。

他のレースで当たって指定席へいくと反社と言われる人が今年は東京競馬場でも目立っていてというか、中京、阪神、京都なみに普通に腕からアート状態であり。。いったいどうなっとるんだと。外国馬の調教環境と日本馬の環境がさほど変わらない時代、外国馬は強かった。そしてジャパンカップは検討しにくい訳のわからないレースの最高峰だった。それが誰かに迷惑をかけて、凄まれて、それで外国馬の環境面の更新を怠ったのかもしれないと。思いたくなるやっかみでなく。

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