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「凱旋門賞を3度走った偉大さをふたたび」オールアロングAll Along(83年凱旋門賞1着)

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トレヴの2015年の目標である3年連続凱旋門賞制覇がどれだけ天文学的な目標なのかは、凱旋門賞自体を3度走った馬がものすごく少ないこと、加えてその3年のうちで一度でも勝った馬が思い当たらないことで想像がつきます。

82年にジャパンカップにやってきて、超一流馬の雰囲気を私に存分に感じさせてくれたオールアロングはその貴重な勝ち馬で3年連続で凱旋門賞を走った馬です。

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彼女は、道悪が下手な馬で、当時3歳牝馬限定だったヴェルメイユ賞を勝って挑んだ道悪の82年凱旋門賞を大敗します。そしてジャパンカップにやってきました。2着でした。

83年は、秋になって遠征の疲れから解放されて、凱旋門賞を内からズバッとまっすぐ走らせて差し切り勝ち、そのあと北米のG1を3連勝して、フランス、アメリカの年度代表馬になります。

84年は、北米のレースを使って中一周で凱旋門賞を使い3着、いまでは考えられないローテです。そのあと第一回のブリーダーズカップを2着して引退となります。この年の凱旋門賞を勝ったのはオールアロングと同じ馬主の3歳牡馬のサガスで、サガスは次の年連覇に挑みますがレインボークエストに競り合った際、進路妨害を主張されて先着しながら降着となり連覇を逃す結果になりトレヴはアレッジド以来の2連覇ということになったのです。

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気になるのは、オールアロングから今一歩良い産駒が出なかったことです。これは非常に気になることです。82年のジャパンカップのパドックで大人しいながらも推進力のある歩き方、そしてその雰囲気に僕は圧倒されました。。あの雰囲気をもう一度といまでも思っているのです。。写真は、82年ジャパンカップです。騎手はムーア騎手、現在のムーア騎手のパパだと。凱旋門賞制覇の時はスウィンバーン騎手が乗っていました。

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