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「友よ」フレールジャックの悲しい7月

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仕事で現場に行けず、スマホで見た「競走中止」の文字、落馬であって欲しいと思ったけれど、叶わなかった。。そこからは暑さも選挙結果もなにも気にならなくなった。

思えば馬体がディープの初年度産駒で、小さくて売れ残っていたところを一目惚れして、キャロットの会員なり、初めて重賞を勝ってくれて。。これがなければ競馬場にも通わなかったし。。。常に少しだけある向上心を彼が刺激し続けてくれて。。

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それにしても、秋の最後の勝利の後、乗せた若手騎手2人が全く合わずに、それが彼の前途を阻んだことはあきらか。この3戦を誰か違う騎手にしておれば、このグループが干していると言われている天才騎手等に頼めておれば。。一度は勝てて。。これを使わずとも秋の。。違う道が必ずあった。。

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ふがいない乗り方で勝てるのに負けが続けば馬だって心が折れて回復が遅いのは、以前他で持っていた持ち馬で経験したけれど、彼もそうだったと。回復が遅れ、使いたいレースにはじかれ、軽め軽めの調整でここまで待たされて。。。それでこれに。。。初コースも余計な負担になったろうと。心も体も何かが大きく狂っていた状態ではなかったかと。。(写真は12年9月1着のもの)

もういないのか。。嘘だろ。。。

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