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「ヒンドスタンのかたち」BMSとして、モンテプリンス、モンテファスト

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ヒンドスタンが母父でというと、このモンテ兄弟を思い出すのですが。

父はシーホークで、兄弟ともに同じような毛色で。兄のプリンスの方がファストより鋭敏な感じがしてファストの方がごっつい感じはしましたが、写真で見ればみるほど、そんな感じはあるけれど、それは足元からくる稽古の量、時期などからくる違いであってホントは、そっくりだったんじゃないのかって。

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そうなるとシーホークとの組合せだから長距離指向だったってことは仕方がないけれど、他の母父よりもシーホーク産駒だって長距離色が濃くなっているように、母父ヒンドスタンは相当長距離指向だったってことは言えるだろうと。

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そうなると、一気にテスコボーイ、ノーザンテースト、マイル路線の確率などで一気に時代に捨て去られてしまったと。。

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それから忘れてならないのは、90年くらいからいわゆる外厩がドンドン出来てきてトレセンも調教助手ができて、騎手が馬を世話をしながら、極端な話乗り馴らしからかかわることもなくなって、コーナーの多い長距離戦を戦うだけの馬との信頼関係や折り合いを気づけなくなったのも長距離馬を去らせてしまった原因かなと。それにピッタリ、ヒンドスタン系というのは当てはまったのかなと。

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(上3枚宝塚記念9番がモンテプリンス、下2枚天皇賞春15番がモンテファスト)

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