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2012年8月

「バステッドは30年も現在進行形」ベッドタイム(84JCより)

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海外競馬に興味を持ったときに最強馬の一頭だったバスティノ。その父バステッドは、秋の3200の時代の天皇賞で史上最高レベルのメンバーを差しきったホクトボーイの母父であり、現在はディープインパクトの母方に名前が見える存在。長いこと長距離で強い馬にはこの名前があり、バステッドの代表産駒がバスティノ、その代表産駒の1頭がベッドタイム。

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84JCは、シービー対ルドルフの対決が大きなテーマだったけれど、自分自身は、バスティノの憧れから、この馬を憧れをもって見た思い出があり。。

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動きは、ゴツゴツした欧州馬独特の感じがあまりなく、スムースに、静かに、そんなに力感なく、ほかと同じくらい動けていたような感じであったと。

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写真をみると、どこかバステッドのかかった馬は共通項があるのかなと。

「ヒンドスタンのかたち」BMSとして、モンテプリンス、モンテファスト

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ヒンドスタンが母父でというと、このモンテ兄弟を思い出すのですが。

父はシーホークで、兄弟ともに同じような毛色で。兄のプリンスの方がファストより鋭敏な感じがしてファストの方がごっつい感じはしましたが、写真で見ればみるほど、そんな感じはあるけれど、それは足元からくる稽古の量、時期などからくる違いであってホントは、そっくりだったんじゃないのかって。

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そうなるとシーホークとの組合せだから長距離指向だったってことは仕方がないけれど、他の母父よりもシーホーク産駒だって長距離色が濃くなっているように、母父ヒンドスタンは相当長距離指向だったってことは言えるだろうと。

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そうなると、一気にテスコボーイ、ノーザンテースト、マイル路線の確率などで一気に時代に捨て去られてしまったと。。

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それから忘れてならないのは、90年くらいからいわゆる外厩がドンドン出来てきてトレセンも調教助手ができて、騎手が馬を世話をしながら、極端な話乗り馴らしからかかわることもなくなって、コーナーの多い長距離戦を戦うだけの馬との信頼関係や折り合いを気づけなくなったのも長距離馬を去らせてしまった原因かなと。それにピッタリ、ヒンドスタン系というのは当てはまったのかなと。

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(上3枚宝塚記念9番がモンテプリンス、下2枚天皇賞春15番がモンテファスト)

「ヒンドスタンのかたち」その3代目

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ヒンドスタンから3代目はシンザンからが主だけれど、ミホシンザン、ミナガワマンナ。

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ダイコーターからニシノライデン。リュウファーロスからリュウキコウ。ブゼンダイオーからはコスモドリーム。

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(ミナガワマンナ)

どれも長すぎない軽い首、四角くて大きな肩、贅肉のそげた大きな後脚、少し激しい気性という共通項があるような。。。それは今でも共通している感じがして。やはりこの辺から日本の競馬の何かが決まっていったかもしれないと。

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リュウファーロスの兄はリュウフォーレルで兄の方が競争成績は断然なのだけれど、体格という面では弟の方があって、それで種牡馬としては弟の方が成績は良かったとのこと。

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写真はミホシンザンが2枚、ミナガワマンナ、ニシノライデン、リュウキコウ、コスモドリーム

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「いつまでも響く鉄の音」イクノディクタス

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写真が出てきたので飾れます。いつのレースかも忘れましたが、調べてみると51戦したとのこと。夏の小倉にも勝ち鞍があります。全く印象はないけれど、掲示板にはよく来ている感じの馬であったことは憶えています。メジロマックイーンの2着に入ったこともあり、たしかマックインーンが出るレースでは好走するため、マックインーンが好きなんじゃないのかと言って笑っている人が周りのもウンといた馬を擬人化していた時代のヒロインです。

父はディクタス母父ノーザンテーストはサッカーボーイなどと同じ配合で、ステイゴールドの母方の配合でもあります。ステイゴールド産駒オルフェーブルは、母父メジロマックイーン。イクノディクタスを見ているとなんだかなんか不思議な力がありそうな気が。。。

「短すぎた夢忘れじ」リードエーティ(81阪神3才S)

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81年の2才路線は、サルノキングがいて圧倒的だったのですが、阪神3才Sは、大本命でありながら取り消して、逃げ切りばかりで勝ち続けてきたリードエーティがここも押し切って勝ってしまいました。

父はトライバルチーフ、テスコボーイの大成功でその父のプリンスリーギフトの産駒がどっと種牡馬として輸入された内、鳴り物入りの種牡馬が数頭、例えばファバージ、ゲイルーザック、サンプリンスなどいたのですが、そういう部類の一頭としてトライバルチーフも日本にやってきて、たしかその初年度産駒だったと思います。いわば幸先よいスタートをきれたのですが長くは続きませんでした。

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リードエーティ自体もこのあと故障でパッとしなかったと憶えているというか、サルノキング騒動からはじまる未曾有の群雄割拠のクラシック戦線に存在自体が飲み込まれて忘れ去られてしまった感じです。写真は81年阪神3才S、このころは数え年なので2才が3才になり、暮れの3才Sは、西東別々に同じマイルでおこなっていました。

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