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「夢にまた逢う日があったら」ニホンピロウイナーNihon Pillow Winner

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JRAのCMで流れていた彼の安田記念のレースを見ていると現在のAコース使用で行われていることがわかった。もともと大きなレースの時に仮柵をするなんて昔はなかったから、開催が進んで、内はもう荒れているから外外を回ってのレースになるのだけれど、ちょうど今回のストロングリターンよりまだ外をずっと回ってきてニホンピロウィナーが楽勝で勝ちきっていた。勝ちタイムは1分35秒1。

そうなるとどうなんだと。もし今回のCコース使用し(マイルでのコース差は25㍍程度)、今の走りやすい芝、加えてタイムの出やすい今年の府中で彼が走ったらどうなんだろうと、きっと32秒を切るかそれ以上にはなるだろうと、追えば更に伸びるのは体調がボロボロであった最後のマイルCSでも追われると伸びた彼だけに、それくらいはいっただろうと、結局は後付の自分肯定主義なだけだろうけれど、結局は名馬クラスの実力ってそれほどどの時代でも変わりはないのではないかと。ただその次が沢山存在していたり、名馬クラスの登場の頻度が高かったりするのではないのかなと。

ニホンピロウイナーは、最初から憧れの存在だった、ハイセイコーで競馬を見始めて次の年がキタノカチドキ、競馬を全く知らない中学生にも眩しい存在だった。その妹の子供がニホンピロウイナー。母であるニホンピロエバートは、当時日本競馬のキーワードであったハイペリオンの3×3をもっていた。クラシックの距離は長すぎて及ばなかったものの、マイル以下で道悪以外は圧勝を繰り返し、勝たびにライバル達との差を広げていく姿は、今思い出しても眩しいし美しい存在。

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安田記念はたしか84年に路線が整備されて春のマイルの頂点になった。その年にハッピープログレスが圧倒的な勝ち方でトライアルから勝ちまくって84年の安田記念を圧勝した。

ウイナーはこの春は骨折のため休んでいたけれど、秋に復帰して、この春の王者を寄せ付けずに第1回のマイルCSを勝った。

「あの強さにビックリしたハッピープログレスを寄せ付けない馬がいるなんて信じられない。」と当時大川慶次郎さんが言っていたのを「そんなことあたりまえやろ」と思って聞き流していたけれど、いわば一般的に名馬級の馬と言われる存在と、ハッキリ差があるのを確信ができるほど彼は完璧だった。その感覚その確信にもう一度出会いたいと。

(写真は、マイルCSと負けたけれど始めて自分に良い写真を撮らせてくれてしかも驚異の粘りに感動して、写真を撮ることの楽しさを教えてくれた阪神3歳S)

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