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「あなたが輝きをなくすのなら、どんな三冠の輝きさえ道を照らすことはないでしょう。」シンボリルドルフSymboli Rudolf

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Symboli Rudolf(85JC)

サボって見たネットのニュースの一覧でルドルフの訃報を知りました。急に涙がなんだかでてきて、いまどき自分は平和な奴だな思って自分に呆れて感心しても、涙は止まりませんでした。

もし、3才時、菊花賞から中1週でJCに挑まなかったら、彼はクリフジの連勝記録に前年の三冠馬を春の天皇賞で負かしてならびかけていたことになります。(無敗の五冠馬達成という記録も同時に生まれたのです。)

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(84菊花賞)

もし、未遂だったけれど毎年実験台のように3才の夏にアーリントン、4才夏にヨーロッパ、5才春にアメリカ、ヨーロッパを急ぎ足で目指そうとし、そのことを競走馬人生のメインにしてなかったら、ジックリ調整されて、それぞれの大レースを現在の名馬のように万全の体調で挑めたでしょうから、彼の国内での成績やパフォーマンスはより充実し圧倒的なモノになり、今でも絶対的な史上最強馬と呼ばれ、それに異を唱えるものはいなかったことになっていることだけは間違いがないでしょう。

本当の彼を誰も知らないし、競走馬成績ですら語れない、それでも歴史的な名馬、史上最強馬それがシンボリルドルフなのです。

当時私は20代前半、手取りは8万円、東京までの新幹線は往復で2万円、フィルム代に現像代。。。それでも、彼を見ておかなくては一生後悔すると思い何度も彼を見に出かけました。

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(85天皇賞春)

今となっては親に殴られそうになって反対され泣く泣く取りやめた85年JCの公開調教に行けなかったのが残念に思うけれど。。。いつでも人間よりも競争に勝つことに意志が強い彼に圧倒されてばかりでした。

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(85日経賞)

スノーフェアリーが前年2010年エリザベス女王杯で見せたワープするような末脚は、彼の菊花賞の時の末脚を思い出させてくれました。弱い相手に派手にまくって勝った前年のミスターシービーの菊花賞の方を愚かな人は凄いと言うけれど、ラチにしがみついてレンズを覗いていて、信じられない位置から一気に突き抜けた空前絶後の末脚の凄みは、その勢いに押されて、私は立っていた脚立の上から落ちそうになったのを憶えています。(彼の世代は、他の世代の最強馬と接戦、時には完勝をする世代でありレベルは高かったはずです。それに完調までいかない体調で完勝以上を繰り返していました。)

シンボリ牧場関係者が話していたのを伺ったことがあるのですが、ルドルフの産駒達にも現在のように、未勝利クラスでも一走ごとに外厩でリフレッシュできる環境が当然のように与えられたならば、精神的に鋭敏すぎて何事にも反応過多になる性質のため、原則的に勝ち上がるまで厩舎に閉じこめられリフレッシュする場所が与えられない80年終わり頃の体制の中で、気むずかさばかりが目立った彼の産駒達は、もっと可能性をひろげ、結果を残したでしょう。そして彼の栄光がこんなに早く過去のものとなることはなかったでしょう。それがとても残念です。

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(85有馬記念)

彼を思い出し、現在を振り返るとき、まるで今の競馬は輝きが全くないように思えてしまう。それがルドルフの輝き、いまでも眩しすぎるくらいです。

書くのも嫌ですが。

ありがとうございました。

シンボリルドルフ。

キスをおくる。

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コメント

素晴らしい写真ありがとうございます
自分はルドルフの現役時代をリアルタイムに見てはいない世代ですが
ルドルフを超える日本馬はいまだに出ていないと思ってます
菊花賞から中1週で挑んだJCの3着も偉大だと思うのです
JC創設後に誕生した三冠馬で3歳時にJCに挑んだのはルドルフだけです
菊花賞からJCまでの間隔が長くなってもその後の三冠馬は逃げたのです
三冠+JC+有馬の3歳五冠を達成し、G1勝ち星を7勝以上まで伸ばす馬が出てきて初めて
「ルドルフを超えた」と言える気がします

ルドルフを検索していたらここに着きました。
ルドルフ時代は小学校4、5年生でしたが、父の影響で競馬を知っていたので、ルドルフの強さは肌で感じています。ただ強すぎて嫌われる感があり、1つ上のミスターシービーの方が好きでした。あの時代は相撲では千代の富士も同じことを言われており、朝潮みたいな大関に人気があったものでした。
パドックで背伸びして見たルドルフの赤い皮膚は本当に綺麗で、スーッとした立ち姿でほんとに強いの?って。薄い馬でしたが存在感が凄かったことを覚えています。


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