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2010年8月

「コスマー的」スダホーク考

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サンデーサイレンスの父がヘイローでその母がコスマーなんだけれど、日本にもコスマーの産駒が輸入されていてそれがファーザーズイメージ。

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皐月賞馬ハワイアンイメージが代表産駒だけれど母父としての代表産駒の一頭がスダホーク。。。

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スダホークの写真見ると勘違いだろうけれど、サンデーの産駒の特徴である後脚が長いとか等々何となくでているような気がして。。スダホーク自身もシーホークの産駒なんだけれどその影響はあまり無いような気がして、、、

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いつでもモンテプリンスなど他のシーホーク産駒と比べて似てないなと思っていたのだけれど。。。

ひょっとしたらコスマーの影響力かなと、、

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スダホーク自身、冬の枯れた馬場の時に差して勝っていた馬だし、冬枯れの芝で雨の降らない冬の軽い馬場の適用力はその辺の影響があってそうなっていたのかなと。

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「力の差は心の差だ」と教えてくれたエイプリルランApril Run (82JC)

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今まで神様のようにあがめてきた日本の名馬より遥かに強い馬が日本にやってきてレースをする。。。そんな現実があったのが82年のJCです。

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翌年の凱旋門賞馬オールアロング、アメリカの英雄であるジョンヘンリーはいたものの、その年の凱旋門賞を本命で僅差で破り、その後アメリカでG1を圧勝してきたこの年の秋の世界最強馬であるエイプリルランの参戦は心が踊る出来事でした。

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そしてパドック。。。大きな歯ぎしりの音。。彼女が遠征により苛立っているのがわかりました。ギリギリまで細くなった馬体。日本の馬なら入れ込んだり、暴れたり、動きを小さくしてはじめからあきらめてしまうか。。。

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彼女は普通に歩いていました。歯ぎしりをする以外は何もせずに。。。なにかをすればレースに影響が起きるのを知っていたのでしょう。

あれほどの歯ぎしりの音、今でも聞いたことがありません。

そして少しも騒がずに前へ真っ直ぐ歩いていました。

82年のJCは彼女たち世界の一流馬に日本馬との差の中にレースに挑む心の問題でも大きな差があると思い知らせてくれたのです。

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現在、世界レベルに追いついたといわれる日本馬ですがブヨブヨの外国馬に踏ん張られて、キッチリ仕上げられた日本馬がドバイでアッサリ負けてしまうとき、力の差は心の差であると分からせてくれた、この時の光景を思い出してしまうのです。

もし「もしも」があったらミホノブルボン

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時々この92年のスプリングステークスの写真をみると、もしこの馬が菊花賞以降無事であったら、どんな戦績を残しただろうと思うのですが、92スプリングSは、最悪の馬場でのワンサイドゲームの逃げ切り。彼が通り過ぎて暫く音が無くてそれで2番手馬群の音がドッとしてきたのを良く憶えています。

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中距離での世代での強さは5馬身以上でしたし、それでいて長距離で名馬ライスシャワーと接戦をし、ライスは他の世代を負かしています。加えて極悪馬場をスイスイ行けるのですから、ダートも強かったはず。

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ダートでも、芝でも、海外でも。。。現在のような状況なら、何かがもっと早く変わっていたかも。。。

ひとつの答えとしてセンチュリアス(82年JC)フェアウェイ系

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75年にキングジョージ等で名勝負を繰り広げ、日本にも成功はしなかったけれど種牡馬としてやってきた名馬グランディの全弟で当時のイギリスのセリで記録的な値段がついた彼が82年JCに来てくれたのはとても嬉しい出来事の一つでした。

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記録的な値段と名馬の弟ということでセンチュリアスと名付けられたのでしょうが、なるほど小柄であった兄と比べると大柄で形も良かったですから、それなりに高値を付けるだけのものは血統だけでなく彼の中にも持っていたのだと思います。

ただ動かしてみると、力強さに欠けるというか、動きが他の海外一流馬と比べると今ひとつで鈍重なだけに映りました。

父はグレートネヒューでグランディの他ではシャーガーもだしています。もうあまり世界が注目しないファラリスの四天王の一のフェアウエイ系です。

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母方にはテスコボーイの父のプリンスリーギフトの名前も見えますが、テスコボーイ以外で特にクラシックを勝ったような、プリンスリーギフトの産駒が成功しなかったようにテスコボーイの成功はどうやら母系のドイツのSライン出身のサンコートによるところが大きいのかもしれません。

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馬としては一番上のクラスではセンチュリアスは無かったですが、ヨーロッパ馬のクラシックな形を感じる上では良い見本となると思います。肩とが、顔と首の繋がりとかが大きくてシッカリしていますし、それは欧州馬の80年代くらいまでの特徴でもあると思うのです。

未来を開く鍵ドイツ血統とアカテナンゴ(ランド、ボルジアより)

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(ランド)

ヨーロッパではディンヒルからのダンジグの血統、日本ではサンデー系、全般的にはノーザンダンサーやミスプロ系と血統に全てが偏りすぎているために、今後はその点を中和してしかもレベルアップできる血統としてドイツ血統のスルム(ズルムー)の入っている血統の必要性が上がるでしょう。

その産駒アカテナンゴもその代表的な血統です。

ボルジア、ランドはアカテナンゴの代表的な産駒で、重厚な感じのする馬体なのですが、動かしてみると、手先というより手足全体が軽い感じの走りをしていたのを憶えています。

(ちょっと飛んでいる感じと言えると思います。)

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(ボルジア)

スルムの母系にはサンコートがいてその産駒に大種牡馬のテスコボーイがいますから当然この系統は日本の競馬にに向いていると言えるし、サンデー系と組み合わされ傑作が生まれたら、その馬は、他のところでも同じ血統構成の傾向が強くなるでしょうから、実力の絶対値で上回れば、ヨーロッパで闘っても地域特性を飛び越えて大きなレースを勝つ可能性はより大きくなると思います。

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「ドイツ式馬名ネーミングついて」パゲーノ、トンボス、ランドなど

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(パゲーノ)

JCにやってきたドイツの馬達もそうであったようにドイツのサラブレッドで、特徴的であるのが、母方の頭文字を受け継いでネーミングがされていることです。

俗にSの頭文字ならSラインなんて呼んだりすることもありますが、ドイツの少し重厚な感じの馬体というか雰囲気の馬達とこの血統表のラインが何故がマッチして見えて一本筋が通ってるものを感じたりもして、その目で彼らをみるのでより魅力的に何かをもっているような感じをもってドイツの馬達を見てしまいます。

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(トンボス)

他の国でも例えばアガカーンさんなどは男馬もこの方法で名付けられていることを例外的にしてしまうと、母系というか牝馬が代々頭文字を受け継いでいる例はあっても、男馬までやっているケースはドイツが圧倒的だと感じます。

第2回JCのパゲーノは母系が全てPからであり、第3回のトンボスは、頭文字Tの母系です。

徹底的にこれがやられているのが、15回のランドで母系の頭文字がLで、父アカテナンゴの母系は2代だけれどAで、アカテナンゴの父のスルムの母系はずっとSでと、全て頭文字のラインでネーミングされています。ちなみに日本のかつての大種牡馬テスコボーイの母はサンコートはこのSラインの牝系の出身であり、子供のテスコボーイは英国に買われたので、そこで馬名的には終わっているわけです。

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(ランドLANDO)

日本でなぜこの名前が一般的にならないかはハッキリしませんが大きな原因の内、2つは考えがつきます。

一つは冠馬名の存在です。もう一つは社台系馬主の馬達がこの方法を取らずに命名されていることです。

冠馬名の特徴は、冠馬名が名前の主役であり、それに足される名前は識別でしかないことが大きな特徴です。(識別名が認識されるのは有名になったときであり、弱い場合は識別の目的以外は意味を持ちません。)

ファンは識別の方を呼び、愛しますが、馬主にとったら第一目的はずっと冠馬名により自分の名前をだすことが目的ですし、それに3代たったら殆ど血統表の中から消えるのでそれほど名前について残って受け継いでいくという方に重い意識はないのです。日本の競馬にとって馬は受け継がれるものではないんです。

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(ボルジアは少し変わったBライン彼女以外は男馬)

もう一つは、多くの活躍馬が出ている社台系クラブの馬名の付け方。これも心情的には前者(馬名は受け継がれない)と同じ考えを持って、ただ冠馬名だけは使わない立場で馬名をつけています。

頭文字をとって馬名をつけるという方法は、9文字という制限の元ではとても有効だし、日本語の単語の名前を血統表中に入れ込むことを事前に出来て、そうすることによりネーミングがより文化的なものになると思うのですが、クラブに参加されている方なら知っていると思いますが、父母の馬名から関連づけてくるのを良いとされていて結局は神話からの名前とかで強そうな名前が付いていしまったり、芦毛でもないのに雪関連の名前が平然と付けられてしまったりしたりするのです。

それならば例えば母馬がアドマイヤだったらのAをとってネーミングをして、逆に冠馬名を血統表の中で埋没させ、駆逐することによって文化としての競馬を作ろうとした方が良いと思うのですが。

そんな使命感は誰も持っていないのです。

まぁ貧乏な私が主張しても誰も聞き入れませんけれど。。

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