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99年JC公開調教より(2)「伝統のかたちとしてのボルジア」

Bj10

牝馬でありながらドイツでナンバーワンの成績を上げて97年凱旋門2着と当時の牝馬の頂点であった彼女がやってきたのは99年のJCでした。

Bj7

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少し遠征疲れはあるものの、形もくっきりしていて、調子が良いから軽い動きをするのとは別次元で、シッカリとしていながら、力みのないアクションで軽さを表現するキャンターや身のこなしは、はさすがと思わせるものでした。

Bj12

血統的にもBの頭文字を続けるドイツ独特の母系ラインからは重さを感じるものの、父アカテナンゴには、テスコボーイを生んだ牝系が絡んでいるので、日本の馬場への適性も通常の外国馬以上のものを想像していたので、意外な惨敗の結果に不思議さを当時憶えました。

いましらべてみると屈腱炎明けで復活して数戦目であり、休養明け後の遠征もはじめてだったので、再発だけ避けたいという思いが、少しトレーニングに甘さを与えていたのだろうと。。。

そのためか、次に出走した香港では見事に勝利しています。

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