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2009年4月

ゲバルトステイヤーの可能性は?4月26日

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アンタレスSがウォータクティクスの逃げ切りで1800を1分47秒台のレコードが出された次のレースで、今度はゲバルトステイヤーが外を回って差しきって1分48秒台で圧勝しました。

直線まで脚を貯めて一気に爆発させるのでなく、タキオン産駒の爆発したら意外と長持ちする推進力をいかんなく発揮させる一気の4角手前からのまくりでの圧勝でした。今後も大いにタキオン産駒マニアとしては楽しみな一頭です。

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写真は07年の1月新馬戦で撮ったものです。綺麗で格好いい馬だなと思いましたが、惨敗して、あれって感じがしたのを良く覚えています。

その後名前を聞きませんでした。成績を見ると、2走目は07年9月に着外で地方へ。

地方で連勝して中央へ、それからボチボチ上昇してきて、今日が圧勝です。

良い馬だなと思った彼の激走は、自分への何よりの栄養補給になりました。

桜の下で風を見ていた14時に。。レイナクーバ、忘れな草賞は9着

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金曜日、仕事を抜け出した午前10時、口取りの予約をいれたところ、もう一杯とのこと、期待の大きさがわかって嬉しいのに加えて、どうしても馬を追いかけながら、写真を撮り続けてきた者にとっては、4角近くのスタート地点から、ギッシリ一杯の観客をかき分けて勝った時にゴール前の口取りの集合場所まで移動する不安があったのでまずはホッとしたりしました。

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ダイワスカーレットは逃切っているもののさほどタキオン産駒の勝ったことを聞かない阪神の2000で、アッサリ差して勝つことがあれば、オークスで2番手に浮上できる位の価値があるレースだけに自分はレースには全く関係ないのにプレッシャーのようなものすら感じました。

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馬なり余力で坂路52秒台の追い切りに、金曜日の60秒と勝負気配の調教に加えて、ニッカン極ウマに踊る「素質だけでなんとかならんか。」の石坂調教師の言葉にドンドン後押しされて人混みをかき分けている感じの自分が。。。この日はいました。

パドックで待つ時間に携帯で知った馬体重426㎏、プラマイ0の馬体重で現実にジワリと引き戻されました。

前走は遠征競馬であり、その後のカイ食いも順調とのことで本当なら抽選漏れで1週遅れで出走となったため仕上きり細かったはずの新馬戦の430を上回っても良いはずのこの日の数字はそのまま、少なからずオーバーワークを示していました。

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パドックでは少し前足の捌きの悪い歩きに、前走道悪の疲れを感じました。

それでも馬は素晴らしさを感じるバランスの良さ、一流選手とベンチ入りの選手で感じることがある動きの感性の高さの違いを他の馬と比べて彼女は持っている一頭でしたから、十分に期待はできるだけの可能性は残していましたが、新馬と雨の中山戦の静かすぎる環境の後、いきなりの大観衆と大歓声とそして気まぐれな吹きかたの強風の中では、馬に気負いがでて当たり前でした、パドックでは気になるほどの入れ込みになることがありました。

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それに加えてこのレースのメンバーの質の高さ。。。。

ホント参りました。サンデー系の素質馬に加えて、他の馬でもいわば阪神2000が向いている系統がザクザクいました。変な話、パドックで夢は半分以上消えて行きました。

忘れな草賞自体は、どんなペースになっても先行馬が有利なレースです。それに加えて横からの向風が吹けば追込馬は例年以上に厳しくなりますから、その条件に合致していない彼女の着外という結果は事前から半分は察知できました。

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上手くスタートを切って5番手以内でじっとして追い出すのが彼女の活路であったはずですが、先行争いに負けて中断より後ろでは、よほどメンバーが低レベルでないと勝てない状況でのレース。。。。

追い出されても、反応が悪いのが目の前を通るときに判りました。勝ったのはデリキットピースです。

スタート前の輪乗りでハッとするほど馬が良かったのが印象的で、勝利に素直に納得できました。

結果は9着でした。スタートでぶつけられ、引っかかったそうです。夢は秋以降になりました。

熊沢騎手には申し訳ないですが、今回は平地専門の一流騎手との差が出たと思います。4つのコーナー、乾燥して走りやすく馬を動かしやすい馬場状態、直線での騎手の技術がものをいう接戦。。。

ハナ、クビでの差での着順でしたから、9着は大いに鞍上の差も含まれていたと思います。もしこのレース乗らなかった武騎手が鞍上なら、ハナクビの差は逆転して6着か5着以上に来た可能性は大いにあります。

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とはいえ、鞍上に他の馬で味わうような下手な乗り方をされたときの嫌悪感はありません。熊沢騎手の障害で培った技術がなければ、突っ走ってしまう彼女を制御できずに新馬戦を勝てませんでした。新馬を勝てなければ、夢を見ることも、そして何とか勝たせようとして使い込まれ成長もせずに消えていく運命すら受け入れなくてはなりませんでした。一番の心配事は新馬戦でしたからそれを突破してもらった鞍上には感謝ばかりなのです。

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でも折り合いに一定のメドが立てば、新しい一歩も必要となってきます。5馬身の中に10頭が入るようなマイルから中距離が彼女の主戦場になってくるからです。鞍上もそれにリンクして変わることがより自然と言えると思います。

HPによると少し休養させるか、続戦かは、この1週間の馬の状態と相談のようです。馬のことを思うと休養させて欲しい一方、春の内に2勝目を上げておいた方が後々が楽できてそれも馬のためだと思えるし。。

「輝き一閃ブエナビスタ」09年桜花賞

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09年桜花賞は、アッサリとブエナビスタの優勝です。

いつもの競馬をしていつものように勝ちました。

斜めからの向かい風が吹いていて、外から差してくる馬には風を他より受けるために難しい条件な分、着差が開かなかっただけで完勝であったと言えます。

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レースはこれといって平凡でした。パドックも含めて権利を取った馬はどれももう峠を過ぎている感じすらしました。G1レースは関係者の思いで作りの場ではあっても勝負の場ではありませんでした。

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自分の愛馬が出ていた忘れな草賞のほうが緊張感などがあり馬のレベルも高かったような感じがします。

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例外と言えばレッドデザイアでしょうか。もっと華奢な感じを想像していましたが筋骨隆々で、マンハッタンカフェ産駒の例外といった感じの作りでした。彼女が勝っても不思議はない雰囲気がありました。

「何年ぶりかの桜の仁川へ。。私の桜花賞史」82年~

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(90年アグネスフローラ)

今年は、抽選がどうなるか分かりませんが、桜花賞当日の忘れな草賞に愛馬出走のため、なんと14年ぶりの桜花賞見物となります。

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最初に見たのは82年リーゼングロス、圧勝した後、止められず、当時では珍しいウィンイングランになりました。

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85年はエルプス、この馬は桜花賞を勝つために生まれてきたような感じさえしますが、雨の中で見事な逃げ切りでした。

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86年は、メジロラモーヌ、盤石の強さです。どうやっても勝てない、まさに圧勝です。

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88年はアラホウトク、トウショウボーイ時代を揺るがせないものにした彼女の活躍でした。

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89年はシャダイカグラ、武豊初めての桜花賞制覇は、大外枠、出遅れを克服してのもの、力が違いました。

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90年は旧阪神最後の桜花賞。ラストを飾ったのは、なんとアグネスフローラです。タキオンを通じてその輝きは永遠のものとなるのかもしれません。

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91年は京都での史上最高と言われた桜花賞です。例年より遙かに粒が揃ったレースに、阪神よりもフェアな京都でのレース。

冬から胸が高まりましたが勝ったのは、シスタートウショウです。父はトウショウボーイ、母方はトウショウ牧場が重ね合わせたまさに日本競馬の縮図的な血統、それが居並ぶノーザンテースト、ノーザンダンサー系の居並ぶ強豪を全てを打ち負かしてしまった衝撃のレースとなりました。

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93年はベガ、桜花賞馬の中で初戦を見た馬、初めての馬です。新種牡馬トニービンに洒落た馬名で可能性を感じた一頭でした。

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95年は、震災のため再び京都での開催でした。勝ったのはワンダーパフュームでした。2着はダンスパートナー、いよいよサンデー時代の幕開けです。

さてさて今年はどうなるか。。。気楽に羨ましがりながら、見たいと思います。

「港に戻れない旅はどこへ」3月29日ルミナスハーバー4着

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念願だった鞍上は変わったものの、同厩舎のお抱え同然の騎手では。。不安を持ちながら見たパドックで目をつぶりました。マイナス2キロとは思えないほどの馬体減りに加え前足が踏み込めないほどの歩の悪さ、とても走れる状態とはほど遠いもので、これではまともな結果を望むのが、無理だろうと。。。騎手が変わっても少しも良い結果がでる可能性がゼロに近いと。。。返し馬を見ていても同感で。。

スタートしても無力感が先立ちました。ところがなぜか差してきて4着の結果。。。しかもサンデー系が来ない馬場では好結果といえるものでした。

後半外を回ってこの結果は、騎手が変わっただけで約3馬身以上前進したことになります。

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同じように4角手前で列んでいたタキオン産駒のマルカベストがすっと行ったとき、この馬は引っかかるクセがあるもとして今までの鞍上、厩舎が言い続けてきたあるはずの切れ味を新しい鞍上もこの厩舎お抱えですから指示通り控えましたがこの4角で出来た対応による差を、(切れ味が実は彼女には他の馬よりないので、ましてこれだけ不調ならば余計に)ゴールまで少しも変えることはできませんでした。。。

彼女自身が厩舎が言い続けてきた切れる脚が無かったことが証明したレースとなりました。(2勝目を上げたレースを分析してみればこの馬には切れる脚が無いことに誰でも気づくはずですが)逆に彼女が行こうとしたときに無理なくロス無く行かせて、加えてそうできる鞍上を乗せてあとは4角先頭付近から粘り混むのがベストであるとハッキリと分かったことは、大きかったと思います。

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いままで全く逆のことを考え、それを課して彼女の未来を否定し続けた騎手、関係者には腹が立ちます。自分が主張してきた繰り返されるこの悪意に基づく騎乗ミスが体調最低の馬が自ら証明してくれましたからホントは安堵感があって、なにか上からものを言いたい気分になるのですが、それ以上に腹が立つというか、嫌悪感が次から次から生まれてきて。。。。(競馬社会がホントに競争社会ならこんなことは生まれないはずですが、不景気になってあまりのぬるま湯が余計に目立ち腹がたちます。)馬鹿な鞍上を乗せるために遠征させられた小倉からはじまり阪神、中京と使って身体が駄目になったので、また放牧だそうです。

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