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2009年2月

「ひょっとしたら君は誰かが落とした金色の魔法の翼を春の香りがしたあの日に拾ったんじゃないか?」2月22日新馬戦レイナクーバ1着

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土曜日、愛馬の出走日だけは購入するエイトをみたところ、本紙は馬体診断の有希子さんであり、彼女の本命がレイナクーバに打たれてあり、少々ビックリしました。

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馬体のあり方がずっと彼女の課題の一つであったので、馬体的に心配ないとなればとその夜期待が膨らんでずっと興奮しているのが自分でも分かりました。

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牡馬と混合といっても牝馬が16頭のうち11頭も出てきているレースなので何とかなりそうだと。。。

パドックでは圧倒されました。馬体は430キロですが、大きく見えました。後ろ脚の踏み込みが強くて、他の馬の歩幅を遙かにしのいでいました。

普通に歩きながら前に追いついてしまうのため、外側を押さえながら歩かせていました。 ホライゾネットをしていることにはずっと彼女のテンションの高さをHPで読み続けてきたので驚きはしませんでしたが、少しも悪さはせずに普通に歩いていたので、なんだかホッとして、カメラ向けて気にされたら困るなと思っていたのでそれは全くなくてまたホッと。。

多分彼女を初めて見た人は、随分細い馬だなと感じるかもしれませんが、是でも随分フックラした方だと思います。

08年4月に牧場で見たときには、柔らかさ以上の弱さを感じましたがそれも解消されていました。キングマンボ産駒のファリダッドが3才春からの成長が素晴らしいように、母父にキングマンボを持つ彼女の成長もこれからが本番でしょうが、そのはじめの段階がこの圧倒的な躍動感であることにパドックでの胸騒ぎは大きなものになりました。

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本場場入場から、返し馬のアクションで初めてこの馬の走るところを見ましたが、この週のギャロップにサンコロネットと調教をする彼女の首の高いフォームの写真がありましたので首の高さには驚かなかったのですが。。。

キングマンボも走り方は首の低いフォームでしたので確かその母のミエスクは少し首が高かったと思います。ミスプロの産駒も首は低いような気がするし。。。タキオンのものとも違うような気がするし。。。

京都内回りの1600の2才3才戦はタキオン産駒の得意とするコースですが、スタートしてあまり行けずに、そのうち行きたくなって内側を突進気味に突き進んだときは、今回は終わったと思いました。内が悪いのは、スタンドから直線を見ていただけで分かりますし、そこを誰も通さないから、突進気味に上がって行けたのですから。。。それに、行ったり行かなかったりした走り方ではあのブエナビスタでさえ勝てませんでしたから。。ここで一度観念しましたが。。

ところがその突進したままのスピードが悪い内側を小柄な牝馬が走っているにもかかわらず少しも衰えることなく直線まで、ぴっぱること無く持ってこれたのです。。。

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そしてそこからその惰性にさらに瞬発力が加わって押し切ってしまいました。(最後流しながら11秒9ですから凄いです。)最後は飛んでいるようでした。伸びてくる姿は、贔屓目ですが不思議なオーラがありました。

抜け出してそして勝てると確信できたとき、世界が一瞬大きく広がった錯覚に陥りました。そして震えが。。。脚からはじまって、身体へ。。。

口取りに。。そのために引き上げてくる写真が撮れないこの日常が。。。とても嬉しくて。。。。

口取り終わりカンカン場の前を通った時、騎手を取り囲む取材陣の数が多かったのが印象的でした。

悪口ばっかり言っている小牧騎手には感謝です。なにしろどう見たって騎乗馬のマルブツジャンボの方が上に来ます。でもこの馬もスピードで走ります。そのため強弱はつけては、最後に影響します。血統的にもですが体系的に後ろ脚が長いですから、惰性で走らせた方が良いし、サンデー系でないだけに、その分少しだけ早めにスパートしてそのスピードで押し切ってしまう方法をとられたら、マルブツが勝っていたでしょう。でも彼の騎乗ではそれが出来ません。自分に固執し、後600から強弱をつけたレースをしました。

そしてルミナスハーバーがいつも失速しているように負けてしまったのです。。この鞍上だからはじめからこの馬には勝てると思っていました。そのために外から追い出されて迫られても写真も彼女中心のものが撮れました。今回は大変大変感謝です。

淡い予感のままで。。。テイエムオペラオー

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テイエムオペラオーは一度だけ、この99年京都大賞典だけです。京都大賞典に出走してくると聞いてワクワクして出かけていきました。なにしろ初めて日本でサドラーズウエルズ系で強力な馬がでてきたのですから、凄い期待していました。

サドラースウェルズは、83年から5年間ほど購読していたイギリスの競馬雑誌のペースメーカーの中で競走馬として活躍していて、産駒がデビューし欧州のトレンドとなり、基礎的なクラシックの機軸となった時代を私はビデオマガジンのレーシングワールドで海外競馬を見ていましたので、どうしても彼の系統の産駒で一流馬を日本で見たいとの思いは相当にありました。

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オペラオーは馬体がキリッとしていて、品があり、そして筋肉が強そうな良い馬だなと感じて好きになりましたが。。。。その年のジャパンカップがいけなかった。。招待馬のモンジューをを見たときオペラオーへの興味は薄れました。

ルドルフ並みの筋肉の柔らかさとその動作の速さ。。。それでありながら馬体のダイナマイト級の迫力。。。。同じサドラーズウェルズ系の淡い予感は、強い衝撃に打ち消されたのです。

(写真は99年京都大賞典)

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ゆめかたりき。メジロファントム

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写真はメジロファントムです。

たいした血統でもないですが、このころの馬たちには現在より夢は一杯詰まっているのでないかなと。。。

この馬一頭で長いこと語れたような、わかった振りして。。

現在の2着が多い馬とはひと味違うような気がするのですが。。

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なお、このサイトですが画像の取り込みは一応フリーです。

2次利用もされてしまうでしょうが、人の写っているのが、あちこち転用されてしまうのはあんまり良いものではないなと考えますのでその辺はよろしくお願いしたいです。

そのほか自由です。死んでしまった馬たちが自分の写真によって誰かの中に生きられるとしたら、これ以上のことはないですから。

「至高の存在」スペシャルウィークの99年

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99年のスペシャルウィークは、最後が有馬記念のハナ差で終わったため、印象が薄くなっているのですが春の天皇賞を取るまでの、完璧な強さは、特筆されるものだと思います。

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まさに父方と言うよりも、母父マルゼンスキーからのそして日本的母系に入っているセントクレスピンを介してのハイペリオンの晩成の何かが彼を大きくした感じがします。

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天皇賞は、逃げるセイウンスカイをマークしながら追い込んでくる前年の春の天皇賞馬のメジロブライトを押さえきる完璧なレースをします。

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(99年春天皇賞4コーナー)

このレースは武騎手の騎乗も冴えていて、逃げたセイウンスカイに楽をさせずに少し早めについて行き、それでいて追い込んできたメジロブライトを少しだけ馬を外に出しながら真っ直ぐに走らせずに押さえきりました。

この高等戦術を見事にシュミレーションのように理想的にやってのけたのですから着差タイムなどでは目立たないですがパフォーマンス自体は歴代の名馬と最高のパフォーマンスと比べても、このレースのそれは最上位に位置できるものであったと思います。99kyd02

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(99年京都大賞典)

その後疲れがでたのも当たり前です。宝塚記念、休み明けの京都大賞典は、負荷の大きすぎるレースを戦った後の疲れた馬の結果となってしまいました。

その後の天皇賞秋、JCはその調子を戻しただけでの完勝してしまいました。これも凄いことです。

産駒が活躍中ですが、フレッシュな状態の時に彼が素晴らしい歴史的なパフォーマンスをできたように彼の産駒も常にそれを欲しているのだと僕は産駒たちを見ていて思います。

「3つ数えろ」スペシャルウィークの98年

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スペシャルウィークをはじめて見たのは京都新聞杯でした。

78年からサッカーW杯をみて、熱狂するようになった私にとって98年は特別な年でした。日本代表の価値を上げ可能性を開き、上昇気流に乗せ続けたカズが日本初めてのW杯のメンバーからはずれた週に彼はダービー馬になりました。

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武騎手はそれまでシャダイカグラ、ダンスインザダークで東京2400のクラシックをゴール前で差されて負け続けて仕掛けが少し早いことを指摘されていました。セオリーである坂を上がってから3つ数えるくらい余裕をもって追い出さないとゴール前までもたないと。

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そして98年抜け出せるとわかった時、武騎手は手綱を3回持ち替えてフレッシュな手応えを作り、そして追い出しました。

私は、その執念とも言える騎乗に見事なパフォーマンスで応えた彼に感動し、惹かれました。

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京都新聞杯のパドックでは細さを感じさせるものの歩き方の凄みに圧倒されたと。。。。

レースは、キングヘイローとの差し足の伸ばし合いになり、相手より少しだけ外を回りながらも勝った強い内容でした。

菊花賞では、仮柵が外されて内側にグリーンベルトができ、そこを通らないと、コースロスも含め、勝てない設定で争われました。

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(ここまで写真は98年京都新聞杯)

4角手前からマイペースで逃げるセイウンスカイを追いかけて、逃げ馬を掴まえるには少し早めの仕掛けが必要ですが、その仕掛けの中でもゆっくりダービー時のパフォーマンスを信じて追い出しされました。

それで勝てるはずでしたが。。何故か内側で待っていたように同時に仕掛けたメジロランバードがグリーンベルトを通っていたにもかかわらず、そこから外へコースを替えてまではみ出してきて、彼を外側にふくらませてグリーンベルトから大きくはじき飛ばしました。

なぜこのようなコース取りになったかはわかりません。

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(98年JC)

メジロランバードの騎手は、次の週の同じ舞台の京都のG1を今度は内を狙って、その有利さを生かし切って勝っていますから、このグリーンベルトをはずれることがどれだけ勝負に致命的な結果がでるかはは良くわかっていたはずです。

まず自分の騎乗馬に一番不利になる方法をどうして知りながらとったのか。。。自分の騎乗馬とスペシャルウィークが必ず負けることが確定する以外、他には何も求めていない騎乗に感じられました。

その騎乗は他の関係者の方にはその利益が何も及ばないのだから今でも疑問が消えません。前に抜け出すコースもありましたし、ほかのランバートのレースを見ていても外にふくれるクセなんてないですから今でも疑問なのです。。

いつもこのことを考えると暗くなりますが、このことをもし事前に知っていた人がいたなら、馬券を2頭をはずして買えたでしょうが。。今のように馬単関係もない時代なのでなんとも。。

レースは、それでも立て直して真っ直ぐに走れたのが直線200ほどだったにもかかわらずに、彼がよく追い込んで決定的な差がつかなかったことで、彼の強さ、彼の将来の大きさが見えた結果となりました。

3才で挑んだジャパンカップの時は、この2レースの疲れがあったのか、パドックでもイマイチで、鞍上も武騎手が騎乗停止で岡部騎手に変更と後手後手の感があり、万全で挑んだ2頭に先着を許す結果となりました。

(98年JCは、JCのカテゴリーを見てください。)

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