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「2頭の個性的な天皇賞馬」80年春の天皇賞にて プリティキャスト、ニチドウタロー

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私が初めて写真をとった大きなレースは80年の春の天皇賞でした。京都がスタンド改修のため阪神で行われた天皇賞でした。一眼ででなく、まだ実家のカメラを持ち出してのものでした。

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プリティキャストは、アメリカの名牝のタイプキャストに吉田牧場の自前の種牡馬のカバーラップ2世をかけた血統です。

彼女の父は、競走馬の絶対数が少ない時代ので外国から馬を買ってきて走らせた一頭だと思いますが、血統的に多分ハイペリオンの成長力を強く持っていたので、平凡な競争成績でも種牡馬として成功したのだと思います、彼女がレースに出てきて、出遅れないとですが、大逃げを打つのでレースがそれだけで非日常的になり、とても楽しみだった思い出があります。

80年の秋の天皇賞で超強力なメンバーを相手に大逃げを打って、勝ってしまいます。当時牝馬が9年おきに秋の天皇賞を勝っていたので、そのレースで本命だった

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(79年12月)

シルクスキーに、この9年伝説が語られたのですが、その呪文にかかっていたのは彼女のほうだったというわけです。

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ニチドウタローは、2歳時に少し次元の違うレースをして名馬の予感さえ感じさせる馬でした。しかしその余韻のうちに故障してクラシックを棒にふり、年を越してようやく出てきた復帰戦では落馬になりなんだか不運をこのまま背負い込んで終わってしまう印象があったのですが、次走、80年春の天皇賞の10日前のオープンに出てきてレコードで勝ち復活し、変則的な連闘で天皇賞を勝ってしまいます。

とにかく気性の荒い馬で、いつでもカッカカッカしている感じでした。

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(80年4月19日オープン)

彼の父、エルセンタウロは、南米の名馬であり、社台が輸入して供用した馬です。このころから社台の南半球好きは始まったのかもしれませんが。。。

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