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「名馬の面影を求めて」タニノアルビオン(タニノムーティェ)、ヤマニンケイ(ミルリーフ)

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夏なので、大昔を掘り下げるくらいしかできませんが。。。

私が写真を撮り始めた理由はは、80年当時競馬雑誌が

月刊の優駿と今より数段充実していない週間競馬ブックが

あったくらいで、馬個体の資料はほとんどない状態で、撮ら

ないと馬好きとして、気持ちが維持できないこと、もう一つは、

写真によってその父や祖父である世界的名馬と創造の中で

出会いたいと思っていたことの2点が大きな理由です。

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タニノアルビオンは、1970年の春の2冠馬タニノムーティェ

の産駒です。今で言えば、準オープンあたりをウロチョロして

いた馬ですが、ムーティェにとっては代表産駒の一頭です。

「ムーティェ街道」、「アローエクスプレスを負かした馬」、

寺山修司が感動した馬、など伝説はたくさんある名馬でした

ので、その名馬を見たこともない私は、彼にたくさん夢を

乗せて見ていました。

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もう一頭は、ミルリーフ産駒のヤマニンケイです。今世紀の

最強馬の一頭であるミルリーフの産駒として登場し、秋の

新馬戦を快勝して、圧倒的な支持を受けて2戦目に出走して

きました。写真は79年秋のものだと思います。

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角張った馬体の多い当時としては、流線型のスタイルが、

まだパドックに陣取りだして数ヶ月の私をわくわくさせたもの

です。このレースは僅差で、後に菊花賞に勝つノースガスト

に負けます。その後期待されたのですが何故か勝てずに

終わっています。種牡馬になりましたが振るいませんで

した。

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