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リュウキコウ「直線一気」の栄光と挫折、76年阪神3才S勝馬

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リュウキコウは、76年阪神3才Sを直線一気の追い込みで勝って、外国産馬で圧勝で連勝を続けていたツクモオダマキ改めボールドエイカンから2才トップの座を奪います。

東の朝日杯ではマルゼンスキーが歴史的な勝利を収めますが、当時は持ち込み馬もクラシックにでられないため、マルゼンスキーはクラシックに出られず、2着だったヒシスピードと彼が春のクラシックの主役となります。

両方ともに父内国産馬でした。当時としては大変異例でした。

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リュウキコウの父はリュウファーロスで、自身には大きなレースの勝ちはないものの、兄に有馬、天皇賞秋の勝ち馬のリュウフォーレルがいます。小さい兄よりも馬格のあった弟の方が産駒も走り、主に馬主さんの持ち馬との配合で種牡馬として高い数字を上げていました。ヒンドスタンの産駒です。

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リュウキコウは、中京で行われていた、きさらぎ賞も直線一気で勝ち、主役級に躍り出ますが、その後振るいませんでした。多分この冬の時期が絶好調であり、クラシックの時期には下降していたのが原因だろうと思いますが、追い込み馬の不調は、他の脚質の馬より惨めな着順となりますので、弱い馬と認識されてしまい、3才秋には忘れられた存在となっていました。

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4才の秋に、春を十分に休養にあてたのが良かったのか、京都大賞典、目黒記念(年2回施行の秋)と連勝して、78年天皇賞秋に本命ででます。

究極の仕上げのように見えましたが、一頭の馬がゲートの扉をかんでしまいそこだけゲートが開かなくなって、スタート後にレースをやり直す「カンパイ」となり、すっかりガッカリした状態になってしまい、テンメイに敗れます。

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次の年79年春の天皇賞を狙いますが、京都改装のため旧の阪神競馬場、小回りで行われて、その上に21頭立てではさすがに追い込みきれずに6着と敗れます。

写真は80年秋のオープン戦のものと一番下が79年春の天皇賞のものです。リュウキコウの後ろがシービークロス、その後がテルテンリュウです。

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