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2008年3月

エルプス 桜花賞馬らしい85年桜花賞馬

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才時に、スピードに任せて、マイルまでの距離を圧勝して評判になり、早熟との噂と戦いながらも、クラシックシーズンまでトップを譲らず、桜花賞を快勝し、その後のオークスでは、距離の壁で泣くのだけれど、その後もマイル位のレースになると、踏ん張ってさすがだなと思わせてくれる桜花賞馬らしい桜花賞馬が、彼女でした。

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毎日杯 静かな闘志 ディープスカイ1着

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坂路をもったまま52秒台で走ったアドマイヤコマンドを目当てに毎日杯に行ってきました。

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(よく見ると顔は傷だらけ)

パドックですが母系の特徴がよく出てるタキオン産駒のため、母父カーネギーのガッチリした馬体でした。そして気が荒い。

タキオン産駒は、短期間に同じ競馬場に運ばれると少し気が悪いところが他の産駒よりでるのですが、その特徴を通り越して母父カーネギーの拒否症候群が現れ、何かにこだわっては止まり、影に驚いたりとか。。。。気の若さと言うより血統的な悪さが目に付きました。

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阪神1800外回りなので、当然、タキオン産駒がミスプロ系のような直進力のある系統が台頭してくるのだろうと思いました。ディープスカイが前走の薄い感じの栗毛の色がシッカリした色になってよく見えました。気の悪さがなく、静かにリラックスしていてタキオン産駒にしては珍しいタイプですが、前走からの充実があり、順当に行けばこの馬かなと思いました。2頭のタキオン産駒は、静と動で対照的でしたが、両方ともひょっとしたら異端なのかもしれません。

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(オリエンタルロック)

レースはディープスカイの圧勝で文句は無かったのですが、アドマイヤコマンドの騎乗が母父を意識してもう少し早め早めに直線入り口から出ていって最後は粘り混むレースぶりできなかったのは残念と思いました。(レースは真面目な走り振りなので)届かなかったかもしれませんが、能力、可能性は正確に測れたと思います。川田騎手はタキオン産駒であることを意識し過ぎ瞬発力に頼りすぎたように思います。しかし春直前になって楽しみな2頭のタキオン産駒がでてきました。嬉しいことです。

ライスシャワー 92年菊花賞93年95年天皇賞春勝馬 静かで、燃えていて、刺激的で、かなしくて

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(92年菊花賞1着、2着7ミホノブルボン)

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(京都新聞杯)

ダービー2着といってもミホノブルボンの4馬身差、夏を越えて叩き良化タイプだとしても、菊花賞トライアルの京都新聞杯をまた楽勝されて、まだ半信半疑だった父リアルシャダイを配した日本の長距離クラシック血統にしか、活路を見い出せない状況でしたが、本番の菊花賞では中距離ほど苦労せずについてまわり直線早めにとらえて後は抜かせず、凌ぎきってミホノブルボンの無敗の三冠を阻止してしまいました。

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(92年菊花賞)

次の年93年の春までがこの馬の絶頂期で、日経賞を難なく勝利、次の春の天皇賞では、このレース3連覇を掛けたメジロマックイーンをこれも菊花賞のように早めにならんで、突き放して勝っています。

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(93年天皇賞春1着、2着メジロマックイーン)

しかしこの激走でこれで輝きはどこかに去ってしまいました。

天皇賞の時、静かな周回の中で見せていた燃えるような目も、そして、音が全くしない、空中をまるで浮いているような無限の可能性を感じる返し馬のキャンターも。。全て消えて無くなりました。

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上の写真は95年京都記念のもの。60㎏の斤量を背負い、惨敗します。この後、日経賞を使います。

震災のため代替京都での阪神大賞典を大楽勝して、大本命だったナリタブライアンが故障をしてにわかに群雄割拠の宝くじ的な春の天皇賞になります。結果はリアルシャダイが産駒が3着までを独占します。その先頭にいました。

その次は、悲劇でした。。。なにか若いときに失敗したのを急に思い出して叫びたくなるように今も胸が痛いです。

ミホノブルボン 時代を開いた力 92年皐月賞、ダービー勝馬、菊花賞2着

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(京都新聞杯)

坂路調教の申し子というとどうしても、92年2冠馬のミホノブルボンを思い出します。

すでに91年に無敗で2冠馬を達成したトウカイテイオーが坂路主体の調教で、坂路の成果をだしましたが、どうしてもルドルフの産駒ということで、坂路の効果が、その部分を減じて語られたため、もう一つ印象的に薄く、絶対値がぼやけていたのですが、強烈な戸山厩舎の坂路調教によって、2冠馬ミホノブルボンが誕生したことは新しく登場してきた坂路調教(追切る場所として)の優位性を示して、坂路調教の方法論、坂路調教の地位を確立させ、そしてそれは一気に現代の日本競馬を作ってしまう力となりました。

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ミホノブルボンは1000㍍の新馬戦を出遅れながら圧勝、朝日杯を勝って3戦無敗で2才シーズンを終わります。

本来ならクラシックに向けて充電するはずですが、勝てるレースは使いたくなり、クラシック大本命馬で、逆算してローテを組めば、ほとんど桜花賞楽勝のはずのラブリトウショウでさえ、1月にシンザン記念と紅梅賞を連闘させてしまうほどの戸山厩舎、やはりそのクセが出てきて全てのレースに使おうとし、ビシビシ坂路調教をやっては使おうとしますが、直前になって少し熱が出たりして結局、スプリングSまで調教はするものの使えなくなり、結局はこれが功を奏することになります。

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スプリングSはぬかるんだ道悪になりましたので先行馬有利でしたが、大楽勝で、暮れの短波賞勝ちのノーザンコンダクト、サクラバクシンオーなどに勝ち、朝日杯の時のイメージであるスピードに任せて押し切る早熟マイラータイプのイメージを払拭してしまい、その時代の王者として語られるだけの実力を示しました。

皐月賞、ダービーは問題なく圧勝し、坂路調教と戸山式のトレーニングがにわかに競馬ブームの世の中にでていき、興味本位のいろいろな検証が結局は時代を早く回すことになり、坂路、ウッドチップなど調教馬場の整備がさらに進むことになります。

そしてその効果を最大に出せるサンデーの産駒が登場し、もたらした幸運を最大限日本競馬は得ることに成功するのです。

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秋は無敗の三冠馬をかけて、菊花賞トライアイルの京都新聞杯から始動して、なんなく圧勝しています。風格、馬体、2200のレースをよどみなく走りきったこと、相手が圧勝したライスシャワー(2着)しかいないことで、無敗三冠の可能性は疑いようのないものでしたが、ライスシャワーの神通力のような差し脚に敗れてしまいます。

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(菊花賞、8ライスシャワー)

その後中2週でJCを使おうとしましたが、最終調整で不安が発生し、その後も使うことができず、結局は菊花賞が最後のレースとなりました。

ゴールデンタイムに競馬のドキュメンタリーが放送され続けるブームの中で主役を張るのにちょうど良い、素晴らしい個性の持ち主でした。

82年皐月賞 大混戦の結末は、大歓声。。。

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(1着2アズマハンター、3着15アサカシルバー)

今年も皐月賞は大混戦ですが、82年も大本命だったサルノキングがスプリングSで故障離脱して、もう訳がわからない位に大混戦になってきました。これは面白いと言うことで中山競馬場へ初めて出かけました。

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本命というか1番人気は、ハギノカムイオー。デビューからスプリングSまで逃げ切りばかりの3連勝。華麗なる一族の系統であり注目度は高いけれど、小頭数か同型馬がいない楽なレースをやって勝ってきた部分を払拭する程の大物感はないと言ってよく、勝てるとは思えないのに成績や血統がチラチラする最も危ない本命馬でした。

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2番手はワカテンザン。シンザン記念2着、きさらぎ賞1着、スプリングS2着で堅実な成績。テンポイントの姉オキワカにミルリーフを負かしたことのある2頭の内の1頭のマイスワローでこれも血統と成績が良いのですが、パドックで踊っているのかといういわば入れ込みでは、不安、不満が残りました。

3番手以下は大混戦、この時代関東馬が圧倒的に優勢でしたが関東のトライアルレースは全て関西馬が制しており、関西優勢の違和感がこの混戦に拍車をかけていました。

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ただ、スプリングSで良いレースをしたアズマハンターと特別を圧勝してきたロングヒエンは、レース直前になって出来が良いのか指示が上がってきていました。

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後は堅実なアサカシルバー、血統が世界的な母方の血脈に父がノーザンテーストであるアスワン、東大牧場の生産馬のタケデンフドー、関東の2才戦で常に勝ち負けをしてきたイーストボーイなどが注目されていました。

(↓15アサカシルバー、8タケデンフドー)

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パドックでは、ワカテンザンのいつもの踊りがスキップ位に落ち着いていた事を含め、みんな良い出来なのですが、長所、短所が見え隠れしていて、どれかが抜けている感じはしませんでした。(↓3アスワン、5イーストボーイ)

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レースは、カムイオーの逃げをロングヒエンが潰し、この先行勢に遅れずに付いていったアズマハンター、アサカシルバーなどがしのぎにしのいで先頭に出たところをこれらとは全く別の大外を通ったワカテンザンがじわりと差し込んでその2頭の間に入ってきてゴール。

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千葉県東牧場産のアズマハンターの優勝、関東勢劣勢の中での圧勝、オヤジには絶大な人気を誇る中島啓之騎手の優勝で俄然ゴール後はオヤジ達、知り合いの知り合いの知り合いくらいが凄いことやったから熱狂せざる負えないオヤジが熱狂しだしてそれが収まらないうちに表彰式がはじまり、馬場にオヤジファンがコースになだれ込んで大混乱。

乱入した奴らが関係者に握手しか求めないから、大盛況というか、やってることは目茶苦茶なのに美しい光景になってしまって。。。しかも誰も止めない。。。警備員すらやってこない。。。とにかくあれほどの盛り上がりは。。。。

メジロパーマー 92年宝塚記念、有馬記念勝馬 受け継がれた歴史的逃走

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(93年天皇賞春)

もの凄いペースで逃げておいて、そして最後まで粘りに粘るメジロイーグルは、ダービーを菊花賞を逃げまくって、特に菊花賞ではあわやのところまで粘りましたが、大逃げでもなくため逃げでもない独特の逃げ戦法だったように思います。

その父のの産駒として彼を見ていましたから、逃げている姿は抵抗なく見られましたが、彼の方が少し大逃げ系が入っていた気がします。

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(92年天皇賞春)

オープンまで行ったものの大成せずというか、賞金を得られる着順になかなか入れないため、オーナーブリーダーのメジロ牧場という馬主の特徴で少しでも賞金を得られる障害に転身し勝ちましたが、スピードがありすぎて、制御も効きにくくて、段々障害に慣れてきて飛越が上手くなってきたために逆に障害レースではそのスピードが危険な存在となってしまうため渋々平地に戻してから、徐々に快進撃がはじまりました。

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92年には運もあったけれど、宝塚記念有馬記念を制しています。

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(93年天皇賞春)

メジロイーグルの産駒なので、イーグル自体は410㎏位でレースをしていたので、どうしても馬を見るときに小さい馬だとの先入観がありますが、結構大きな馬でした。

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(93年京都大賞典)

勝つところが見たかったのですが、それが残念でした。

なぜか若い女性に当時人気がありました。

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「銀河」で夢のレース。。

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ブルートレイン「銀河」が今回のダイヤ改正で廃止になったとか。

最初に乗ったのは82年11月27日でした。

当時学生であり、大阪に下宿していた私は、82年JCを見るためにこの列車に大阪から乗りました。

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朝が起きられず、当日新幹線では間に合わないかもしれない消極的な理由もありましたが、もはや伝説となっていたジョンヘンリーをはじめ、海外G1馬がずらりとならんだ日本初のレースに人が大量に来ないわけがないと。その大群に先回りするにはこの列車しかないと思ったのです。

夜の風景は、総じてむなしいもので少々ガッカリしました。

隣のいびきがうるさくてあまり寝られなかったことも不運でしたが、秋の朝の風景は、なにげない風景でさえ絶景で、その不満さえなくなったことを憶えています。

レースですが、10時前に競馬場に着いたけれど、パドックには場所取りもなく閑散としていて、朝から大量の興奮した人々など、私以外は誰もおらず、仕方ないのでパドック裏の落葉に埋まった日本庭園の街頭テレビで繰り返される参考レースの海外競馬を何度も楽しんで、結局1時半過ぎにパドックの一番前に場所をとって歴史的なレースを見ることになりました。

「銀河」と聞くとこの思い出がよみがえって来ていましたが列車が無くなるのと同時にそれもなくなるのが寂しいですね。。

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「銀河」には、もう一度乗る機会がありました。その時は快適でした。時間のある人が少し飲み物とか余分に買ってきていて、駆け込みで乗ってきて何も買えなかった人に分けている風景はなんとも言えず良いものでした。

イナリワン 89年天皇賞春、宝塚記念、有馬記念勝馬 敵役は強くて男らしい方が良い!

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(89年宝塚記念)

88年にタマモクロスやオグリキャップなどで盛り上がってきた競馬ですが、88年でタマモクロスは引退し、オグリキャップは89年秋まで休養している丁度谷間の時期の春シーズンに地方からやってきて、簡単に春の天皇賞、宝塚記念を制してしまいました。

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(89年天皇賞春)

地方から来た当初は芝コースやレースのペースにイライラして負けていましたが、馬が慣れてきたこと、武騎手が乗り変わったことが上手くマッチしていきなりポテンシャルを上げてしまうことに成功しました。

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(89年宝塚記念)

競馬ブームの中、またJC世界レコード決着の後の雨が降っているのに晴れているのと同じくらい騒然としている89年有馬記念を柴田正人騎手で勝ちます。

地方から来たこと、武騎手の後を柴田正人騎手が乗ったこと、追込馬であることなどで男気のある感じがしましたが、ホントは一体どうだったのでしょう。

何気なく宝塚記念で見たときには、強烈な何かをもっているのでなく、スピード、スタミナ、加速力全てが揃っていて総合力で勝負するタイプかもしれないなとボンヤリと思いましたが。

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(90年天皇賞春2着。柴田騎手)

オグリキャップ、スーパークリークの敵役として、どんなときにも威圧感を与え続けてくれました。

91年桜花賞 前評判は「史上最高の桜花賞。」シスタートウショウ、イソノルーブル、ノーザンドライバー、スカーレットブーケ、ミルフォードスルー、リンデンリリー

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91年桜花賞は阪神競馬場が改装のため京都での桜花賞。ゲーム的要素が含まれている阪神よりも、公平なレースが行われることへの期待、そして何より京都の方が桜が綺麗なことでいつもの年より心が弾んでいるところへ、他の年なら、間違いなく一番人気で桜花賞を勝ち負けするだろうなと思われる馬が群雄割拠していて誰が言い始めたのかわからないけれど、「史上最高の桜花賞」として認識されていきました。

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(3才牝馬S、桜花賞、女王杯)

一番人気は、イソノルーブル、12月の京都での牝馬ステークス(ラジオ日経賞の前身)をスカーレットブーケ以下に当時2才としては破格の時計で楽勝します。

3月中京で1200の桜トライアルも圧勝して本番に挑みますが、桜花賞レース前に落鉄し、暴れるため、ゲート前で鉄を打ち替えられず5着に惨敗してしまいます。

(その後オークスでは、素晴らしい粘り腰で無念を晴らします。)

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(デイリー杯、桜花賞)

2番人気はノーザンドライバー、牡馬に混じって2歳の時から走り、デイリー杯を完勝、トライアルとして使った中京の1700のペガサスSを楽勝し、ノーザンテーストの傑作として、私はこの馬が勝つものと見ていましたがパドックから猛烈な入れ込みにより消耗し、大外枠からのレースなのに、少し制御が効かずギクシャクしたレースになり、チャンスを自ら逃した形で敗れます。

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(チューリップ賞、桜花賞)

シスタートウショウは、3月の中京のチューリップ賞で強い競馬をします。例年なら彼女が大本命になるはずですが、4番人気でした。

3才になってから露出してきたため他の馬より認知度が少ないこと、母父ダンディルートでしたから、1段ランクが上がった時にどうなのかなと考える人が意外と多かったようです。

レースは鮮やかな圧勝でした。早めに先頭にたって稍重を1分33秒8で押し切っています。

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(デイリー杯)

ミルフォードスルーは、北海道で活躍して、1月にシンザン記念すら勝ちますが、それでも他の馬たちよりは、見劣りがする感じがしました。大きな馬でした。

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(3才牝馬S、チューリップ賞)

スカーレットブーケは、ずっと堅実な馬でした武騎手が乗って人気があり、桜花賞ではシスタートウショウを押さえて3番人気になっています。

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タニノクリスタル、アネモネSを勝って桜花賞へ小さな馬でカッカしており、これも見劣りしました。(↑チューリップ賞)

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リンデンリリー、エリザベス女王杯勝馬、女王杯の返し馬)

これだけのメンバーが揃っていたのですから、秋以降も他の世代を押さえて、最強世代として君臨したのかというと、秋には、スカーレットブーケが生き残っていただけ、女王杯にイソノルーブルも出てきただけの惨敗、その後もスカーレットブーケが活躍しただけでエリザベス女王杯を勝ったリンデンリリーさえどこかに行ってしまって、2年後には何も残っていない年代になりました。

その後スカーレットブーケがダイワ兄妹を、タニノクリスタルがタニノギムレットをだして世代のレベルの高さを証明してくれましたが。。。

アグネスフローラ 90年桜花賞 ブリリアントフィリー!グレイトマザー!

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改装のため、旧阪神競馬場で最後となる90年桜花賞は、後になればなるほど歴史的な存在となるアグネスフローラが優勝しました。

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スタイルも迫力も品格も持ち合わせていた彼女のフォームは同じ世代の中に入れば不可能はない感じがしました。

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桜花賞では、道悪でしたが全く関係なく勝利します。

オークスでは2着と敗れますが、父ロイヤルスキーで2400であれほどの激走は彼女だけです。

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ギアを入れた途端にガツンとくる加速がはじまり、そこまでの現実をどこかに捨て去って、世界の色さえ変えてしまうスピード、加速は彼女の子供達、そしてその産駒達に確実に伝わっていると思います。

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(写真は全て桜花賞)

シャダイカグラと89年牝馬クラシック 桜花賞馬は波瀾万丈

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(桜花賞4ホクトビーナス、18シャダイカグラ)

大外枠が不利と言われていた旧阪神の1600で、前走で牡馬に楽勝したために大本命になり、出遅れて、スタンドが騒ぐ中、内に潜り込み、直線までに馬群を捌いて、最後の最後に先頭をとらえてゴールイン。

馬も強いなら、騎手の手腕も鮮やかで武豊の時代の到来を告げる桜花賞となりました。勝馬はシャダイカグラです。

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(ライトカラー上桜花賞、下ローズS)

シャダイカグラは、本命としてオークスに挑みますが、ヤマニンスキーの産駒のライトカラーに僅かに敗れます。

秋になり、ローズSで盤石の強さを見せつけて、エリザベス女王杯に挑みますが、直線足下の故障で最下位となります。

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(ローズS)

女王杯は春の勢力であった殆どがトライアルのローズSでシャダイカグラに完敗しており、成長が感じられず、秋の昇り馬も牝馬のためか目に見えてわかるようなパフォーマンスをした馬もおらず、本命以外は混戦のレースだったのですが、本命が故障したところへ単勝万馬券のサンドピアリス優勝での決着とレースが終わっても頭の整理がつかない競馬となってしまいました。

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(エリザベス女王杯(当時3才限定)6サンドピアリス)

89年牝馬クラシックの主役であったはずのシャダイカグラも一冠だけで終わっていて、その前に2歳時には、ニチドウアラシの産駒でアイドルマリーがいて、阪神3才Sで2着となって春の主役と思われたけれど春には振るわなかったりもして、この世代の牝馬は主役と思われた馬が長続きしないというか、肝心の勝負の時に負けてしまう、後で考えるとややこしい年でした。

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シャダイカグラは、騎手が騎乗すると歩き方が素晴らしく綺麗に変身する馬で、それが魅力の一つでもありました。

特にそれが際だっていたのが、桜花賞の前哨戦となったペガサスSです。武騎手がまたがった瞬間に馬の動きが素晴らしくなり「馬が変わった」って知り合いと同時に言葉が出たものです。それが全くなかったのが女王杯でした。

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(アイドルマリー分も含め最後6枚はペガサスSより、ペガサスSは現アーリントンカップ。シャダイカグラの2着ナルシスノアールは次走でスプリングステークスを勝利)

スズパレード 87年宝塚記念勝馬 消された名馬

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(87年宝塚記念 レース写真は残念なことにピンぼけです。。。)

次世代の最強馬であるサクラユタカオーに勝ち、ニッポーテイオーに勝ち、宝塚記念に優勝、ダービーは3着の馬が、なぜ語られないのでしょう。。。

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(85年天皇賞秋)

ルドルフ世代でダービーに3着、古馬になって85年暮れの中山開催の第1週で、1600のダービー卿CTで3才のサクラユタカオーに3㎏斤量をやって圧勝し、87年には、4才のニッポーテイオーを宝塚記念で外から差して勝ちました。同じように88年のタマモクロスが宝塚記念でニッポーテイオーに勝ったので彼はそれと同等程度のパフォーマンスを演じたことになり、その能力は相当であったと思います。

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(87年宝塚記念)

3才のクラシック路線はルドルフ、ビゼンニシキと同期の関東所属であり、また故障がちで古馬になってからは、1年まともに働けたことがなかったので露出という点では少なかったですが、強い馬でした。

目立たなかった原因の一つは、2年連続三冠馬がでたお陰で比較というより、派手なレースをするシービーの方に人気が集まり、皮肉なことにその頃どん底人気なので、競馬サークル内では、受けが良い方、売れる方の机上の優位論がまかり通ったため、ルドルフを下にしてしまって、それを正論としてしまいました。

そのルドルフに持ったまま負けた馬の評価があるわけもなく、取り上げもされなかったのです。人気が出るわけがありません。産駒も走らなかったですが、種牡馬生活にもこの件は相当応えていたのでないでしょうか。

1頭から2頭走る牝馬がでていれば、どこかにまだ牝馬の方の血統表の中で彼の名前を思い出せたはずですが。

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(88年JC)

イギリスで、グランディ、トロイ、シャーガーのダービー馬等ペティンゴ等を介したフェアウェイ系が70年中頃から復権しました。

また、ペティンゴからは、マイルでもG1勝馬が出ていましたので、スピードもあると思われて、にわかにこの系統が輸入され英国リーディングを争っていたピットカーンさえも輸入されました。

スズパレードの父となるソルティンゴは社台に買われて日本にやってきました。

馬場の固いイタリアダービーの勝ち馬でしたがスズパレード以外の産駒はサッパリでした。

ペティンゴ系は輸入はされたものの、英国本格重厚血統は華が咲かずに終わっています。

マックスビューティ 87年桜花賞、オークス勝馬そして女王杯は2着

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(ローズS)

とにかく、女王杯までくるまでの成績がパーフェクトでした。

オープン特別だったチューリップ賞を持ったままで勝ち、桜花賞は直線放す一方で大勝します、その後の東のオークスもそのトライアルも楽勝で、危なげなく2冠を達成します。

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秋になっても神戸新聞杯を勝ち、ローズSはまた持ったままの完勝で女王杯を迎えますが、タレンティドガールに早めに交わされてからは同じように伸びるだけの2着に負けてしまいます。

前年がメジロラモーヌの牝馬三冠でしたがラモーヌと比較していても2年連続は間違いがないように感じていたので敗戦は非常に大きな驚きでした。

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(エリザベス女王杯 田原騎手)

その後は牡馬相手に戦いますが、斤量が重く成績が振るわなくなりました。

大きな馬でしたが、柔らかな筋肉で、柔らかく軽く走って他を圧倒して勝ちましたので、ちょっと勝利後の後味が他とは一味違う感じがしました。

田原騎手の演出とも言うべき騎乗も強さを際だたせていました。

ハッピープログレス 84年安田記念勝馬 名手が光らせた切れ味 

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(84年スワンS)

84年にマイルを中心に短距離路線が整備され、春は安田記念がG1となり、そのトライアルがスプリンターズS京王杯(1400)でした。その3戦を全て制して最初にこの路線の恩恵を受けたのがハッピープログレスです。

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(81年10月京都新聞杯)

81年にはどうしても菊花賞にでたいのか、菊のトライアルの京都新聞杯に挑戦しますが大敗し、その後は、短距離を中心に活躍します。武邦彦、田原騎手が乗ってその切れ味が倍加したような感じがしました。

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(84年マイルCC 12ハッピープログレス)

負けはしましたが、第1回マイルCCで、4コーナーから、ニホンピロウイナーに出し抜けをくらわして、あわてさせ作戦成功かと思われましたが、ウイナーのヤマニンゼファーに伝わった粘り腰に僅差で敗れています。

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84年春、鞍上田原騎手での短距離3連勝は、大川慶次郎さんをうならすものでした。

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(2枚とも84年スワンS 武邦彦騎手)

テンポイントの影を求めて ワカテンザン、ワカオライデン、フジヤマケンザン、キングスポイント

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82年皐月賞↑ 82年京都新聞杯(10月)↓

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83年日経新春杯↓

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ワカテンザン、姉オキワカの産駒です。82年皐月賞2着、ダービー2着でした。父はマイスワロー、世界史上最強といわれるミルリーフ世代の2才チャンピオンです。2才時マイスワローはミルリーフにも勝っています。

好きだったオキワカの産駒、そして伝説を感じる父との組み合わせに夢中になって追いかけた一頭です。なかなか勝てませんでした、気性が少し荒くて、まだ一眼レフ歴が浅い私には上手く撮れませんでした。

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ワカオライデン、ワカテンザンの弟になります。赤い栗毛の馬でした。朝日CCに勝っています。ルドルフ世代です。

地方競馬の種牡馬として大活躍しました。笠松所属ながら桜花賞トライアルを勝ったライデンリーダーの父となります。

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(91年菊花賞↑94年JC↓5番、1周目)

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フジヤマケンザン、オキワカの娘ワカスズランの産駒です。

父は、マイスワローにタイプキャスト(天皇賞馬プリティキャストの母)の子のラッキーキャストで、純吉田牧場血統です。91年の菊花賞で好走して脚光を浴び、G2だったころの95年香港国際カップを勝つ、当時としては快挙を達成しています。香港すら遠征しない海外遠征冬の時代の氷がこれでやっと溶けてゆくことになります。

海外への扉も結局は、テンポイントの一族が開いたことになりますね。

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最後は付け足しになりますが、弟キングスポイント

障害馬として、中山、京都大障害の優勝があります。彼は「素晴らしき名馬たち」のカテゴリーに詳細があります。

マルゼンスキーへのオマージュ(彼の産駒たち) 「ホリスキー、スズカコバン、サクラトウコウ,サクラチヨノオー、ネーハイシーザー」

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(82年菊花賞ホリスキー、途中の写真も菊花賞)

朝日杯のレコードは、マークされてから何度も馬場改修が

行われ、そしてあのグラスワンダーが出現するまで破られ

ませんでした。夏の札幌の短距離Sでは、使うはずのトウ

ショウボーイはなぜか出走を見合わせ、そして大楽勝。

2着馬のヒシスピードは最後脚が上がらなくなり歩いてい

ました。その前走の短波賞では、3コーナー手前で馬が

勘違いし、一度レースを投げ出してプレストウコウに並ばれ

たもののそこから1秒楽に突き放してみたりと、とにかく

マルゼンスキーには、強烈な威圧感とともに記録に残して

おくより鮮明に記憶に残っているレースがたくさんあり

ます。ディープが先頭でレースをして、そこからあの末脚

をレース中ずっと繰り出している感じとでも言ったら良いで

しょうか。ウルトラインパクトな馬でした。

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当時はTTG人気で盛り上がり、最後のテンポイント、トウ

ショウボーイの対戦で盛り上がりを見せていた77年有馬記

念は、短波放送が追い切りの模様を中継する熱の入れよう

で私はラジオに囓りついていたのですが、そこへ「マルゼン

スキーが追い切りを行いました。」とのアナウンスがあり、

すっかり対決に酔う気分はなくなった思い出があります。

最後の対決が2着争いになる可能性が出たためです。

とにかく、当時、アイドルだったテンポイントの追い切り

のこともそっちのけで、マルゼンスキーが脚の状態は思わ

しくないけれど追い切りをかけてみて、それで小康状態で

あったなら使いたいとの意思があることを表明していると

の事でしたが、申し訳ないけれど出てきてくれないことを

祈る以外他にありませんでした。やはり追い切りの負荷の

ために故障箇所が悪化しそのまま引退となっています。

そのため結果は歴史的なマッチレースの有馬記念になりま

した。TTGが4着であったプレストウコウとの差は丁度

1秒差。プレストウコウはとにかく秋に充実して馬が別馬

になったくらい成長した馬ですから、比較はできないし、

短波杯では、彼の方がマルゼンスキーより、外を回って

いましたので、その時の着差との比較もできないけれど

種牡馬としての成績や、母父としての影響力を考えると、

やはりTTGと同等の力は少なくともあったのかなと思い

ます。

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(83年天皇賞春)

産駒として迫力が伝わったのは、ホリスキーだと思います。

菊花賞は、直線だけぶっ放して決着をつけました。後は

故障がちだったのが悔やまれます。菅原騎手の腕っ節が

似合う馬でした。

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(84年天皇賞春ホリスキー↑)

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(83年京都新聞杯)

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(85年天皇賞春)

85年宝塚記念の勝馬スズカコバンです。もう一歩足りない

堅実な馬でしたが、黒光りする好馬体の迫力は、マルゼンス

キーの名前を定着させたと思います。

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(84年菊花賞)

サクラトウコウは、圧倒的なスピードを持っていましたが

2才秋始めくらいに故障してしまい、成長期を棒に降りま

した。ルドルフ世代だけにこれは痛手でした。しかし94年

天皇賞秋を制したネーハイシーザーを出しています。

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ネーハイシーザーは、マルゼンスキーらしいスピードを

持ってました。(93年菊花賞↑)

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サクラチヨノオーは88年ダービーを勝ちました。朝日杯の

勝ち馬でもあり、センスが良い馬でした。ダービー後故障し

再起後が振るいませんでした。(89年宝塚記念↑)

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(91年菊花賞)

91年レオダーバンはダービーの2着後、菊花賞に勝ち

ました。岡部騎手がマルゼンスキー独特の狂気を上手く

コントロールして、それを最後の爆発的な末脚に変えて

いた感じがします。

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