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93年ジャパンカップ公開調教その2「未完の巨人伝説」コタシャーン(93年BCターフ勝馬)、ホワイトマズル(93凱旋門賞2着)など

Ct40

コタシャーンはサンタアニタでのブリーダーズカップターフで大外を回って短い直線だけで追い込んで楽勝して、過去のターフ勝ち馬より何枚か確実に抜けている存在であることがわかっていました。よほど疲れが酷くても環境に慣れなくてもレベルが何枚か落ちるだけで、結果は変えようがない感じがしていました。大きくて頑丈そうな馬でした。

Ct32 Ct34

この日はスクーリングを兼ねたごく軽めの調整でしたが、馬体は迫力満点で、ケリも強くて、体の各部分から「強い」って言葉がほとばしっていました。きっとジョンヘンリーが状態が良ければこういう雰囲気をだせたのではないかと思いました。それでいて写真のように女性で十分扱えるのだから気性も素直なのでしょう。ダルシャーン産駒。

Ct35Ct37

レースは、デザーモ騎手の当時まだ設置されていた右回り用のゴール板(ゴール約100㍍手前?)をゴールと見間違えて追うのをやめた事件により2着に敗れてしまいます。

残念でしたが一つの騎乗ミス(騎乗動作によるミス)が確実に3馬身以上の不利になることが公然とわかった瞬間でもありました。下手な騎手ほど、無理な騎乗動作、姿勢によるミスを軽んじているのが明白になりました。いまでもそういう騎手はすぐ馬の性にしますが。

Hm17_2

Hm12 Hm16 Hm18

ホワイトマズルは、凱旋門賞2着からの来日で社台の勝負服で凱旋門賞を走りました。次の年は武騎手が乗ってキングジョージも凱旋門賞も激しい競り合いの外側で競馬をさせてられてしまい僅差で敗れています。

ちょうどコマンダーインチーフなどダンシングブレーブの産駒が大活躍していたときの一頭です。調教は軽めながら、シッカリとした感じで、欧州馬の重さがあまり感じないのが印象的でした。

Pr2 Pr3 Pr4

プラティニは、ドイツからでしたが、父のズルムーがテスコボーイの近親で、やはり日本の馬場があっていたのか、格下の馬という感じでしたが僅差の4着に健闘しました。

N1

ナチュラリズムは、92年に続いての参戦。あまり出来の変わらない馬だなと思いましたが、外外を回らされた分着外に終わっています。

M2 M1

ミシルは、ミスワキの産駒。イタリアでG1勝ち。

Fc1 Fc2

ザファントムチャンスはNZから、コーフィールド、コックスプレートを連勝しての来日でしたが、以前の南半球の来日馬と比べて目立たない感じがしました。

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