2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

ハギノトップレディ、ハギノカムイオー、ダイイチルビー「華麗なる一族」

App4102

(83年宝塚記念)

イットーから繋がる名馬の系列を当時「華麗なる一族」と呼んで特別の能力があるかのようにもてはやしていました。

それは、ハイセイコーやTTGによりもたらされた競馬ブームを何とかテレビ主導で続けたいとの意向がそうさせたのだろうと思いますが。

イットーはかなり強力な馬でした。74年春のクラシック有力候補でありながら、故障し断念。秋はエリザベス女王杯のための前哨戦だった古馬混合の京都牝馬特別で転倒事故のあおりを受け外傷を負い、女王杯を断念。悲劇のヒロインと呼ばれますが、その後高松宮杯などを制覇し、牡馬とも渡り合いマイラーズカップでは斤量に恵まれたもののキタノカチドキタニノチカラの2頭の年度代表馬とのデッドヒートを演じ、タニノチカラには先着し2着となっています。

App2774

App2773App14100 App4101

(81年宝塚記念:勝ち馬カツアール)

当然産駒は走ります。その一番がハギノトップレディです。

2歳時に札幌でデビューし新馬レコード勝ち、桜花賞の中1週前のオープンで僅差の3着、80年桜花賞でラフォンテース以下を相手に逃げ切ってしまいます。エリザベス女王杯にも優勝し、そこからの休み明けで写真の宝塚記念にでています。

歩く姿に独特の柔らかみがあって他の馬より仕草が軽く見えて、それで何かを感じてこのレースを見た記憶があります。

最後の1ハロンまでまさかと思わせた4着でした。この後高松宮杯に勝ちます。

父サンシーはサンクタスからファイントップの系統ですからサッカーボーイ等と同じことになります。

82stkhk01 82stkhk03

(82年皐月賞)

2番目が、ハギノカムイオーです。テスコボーイとの間に生まれ、テスコボーイの産駒は必ずセリに登場させることになっており、1億を超える当時世界最高額で売買され、当歳のころから注目された馬でした。

「華麗なる一族」とは、この前後につけられたのだと思います。多分名付け親は、詩人で関西TVの解説の志摩直人さんだと思います。

確か1月の京都でデビューし、逃げ切りばかりで3戦目でスプリングSを勝って無敗で挑んだ82年皐月賞では一番人気となりましたが、競りつぶされ着外となっています。

82kys1

(82年京都新聞杯)

そのまま休養し、秋の神戸新聞杯、京都新聞杯を連勝し、とくに京都新聞杯は2番手抜け出しで自在性がでたことで菊花賞で人気になりましたが、完敗しています。

83tkhgnko01 App2731 App4163

(83年宝塚記念)

2000㍍前後をすんなりいければ強い馬でしたが、体がもう少しほしい印象は最後までありました。全体的に超一流馬と比較するとパワー不足の感じでした。

83年の宝塚記念に優勝しましたが、少し勢いは衰えたかなと感じました。この馬とともにテスコボーイの時代はそのままトウショウボーイの時代に移って行きました。

App2686 App2683 App2691 App2690

(新馬戦)

そのトウショウボーイとハギノトップレディとの間の産駒がダイイチルビーです。まず馬名がどうかなと思わせた馬でした。

2月の最後くらいの新馬を勝って90年の桜花賞を目指しますが抽選漏れ、忘れな草賞にまわるけれど追い込みきれず2着と、こんな物かなと思わせますが、古馬になって、河内騎手とコンビを組み、道中無理をさせず、最後まで脚をためる方法が河内騎手ならではの騎乗法がマッチして、91年の安田記念、スプリンターズSを勝ちます。

App2700 App2702 App2704

(忘れな草賞:3歳時の鞍上は武騎手)

古馬の牝馬限定でないG1を2つ勝っている牝馬は、何頭もいませんので、注目されてもよいのですが、産駒がもう一つなので忘れられた感じになっているのが時々不思議な感じがします。

フレッシュボイス 87年安田記念勝馬 まさに電光石火の末脚

App3968

87年宝塚記念

86年春のクラシック路線、特に皐月賞前には、関西馬では期待できる馬が一頭もいませんでした。

83年、84年の連続三冠馬を含め、関東馬の独占状態が続いており、2着に入るのがやっとでしたが、この年は入着すら危うい状況でした。

彼はその中で、前哨戦の雪の毎日杯を制して皐月賞でも堂々と追い込んで2着に入ってくれました。

App4095

86年菊花賞 田原騎手

父がフィリップオブスペインであり地味な血統で、ノーザンテーストとかトウショウボーイとかが全盛の時代でしたから、可能性をどうしても軽く見てしまっていましたが、特に中距離での活躍は、まさに記録より記憶に残る末脚の馬でした。

87年安田記念では、大外から、大本命のニッポーテイオーを一気に交わして1着となっています。

App3971 App3235

上の写真は、その安田記念の次の宝塚記念のものです。

遠征での激走の後、間隔が短いためか、馬体重減のままの出走となっています。安田記念の末脚に興奮し、また宝塚で再現してくれるものと期待して阪神へいきましたが、期待するのは可哀想かなと思えるくらいに馬が細かったのを憶えています。

App4031

App4030

89年宝塚記念をイナリワンの2着 松永騎手

記録をみると88年の大阪杯を制しているのですが、それ以外はテレビ的にはあまり目立たちませんでしたが、89年宝塚記念で勝ちきれないもののさすがの末脚を披露して2着に来ています。

個性的な馬という分野の代名詞的な存在でした。

メジロデュレン 86年菊花賞、87年有馬記念勝馬 兄貴は無頼派だった。

App2877 App2871

秋の昇り馬として菊花賞戦線に登場して、前哨戦となった3000㍍の嵐山特別を勝って、有力候補になったものの関西馬の弱い時代であり、春の勢力のダイナガリバー以下が順調にきて強力であったので、可能性は低いものだと思って見ていましたが、パドックでは元気だし、最後の直線でも意外と早くガリバーをかわして、簡単に菊花賞に優勝しました。

今考えると、大きなレースの本番で粘っているガリバーをねじ伏せたのはこの馬だけだと思いますが。

長距離を中心に使われて、簡単に春の天皇賞などを勝つのかなと思うとそうでもなく、ガーっと行ってはバテてみたりしてレースっぷりの荒かったのを憶えています。

App2876App2872

App4099 App4097

87年の有馬記念では、本命となったサクラスターオー、メリーナイスの故障や落馬で騒然とする中、ナタを振るうがごとき末脚で圧倒して、画面を見ていた私は悲劇を忘れてしまうほどでした。

今でこそディープの池江さんですが、私にとっては、地味で堅実に60戦以上走り続けたメジロジゾウの鞍上が、池江さんでしたので、池江さんにも地味で堅実な印象があり、また、なかなか大レースに縁がなかったので、菊花賞がデュレンが勝ったときはその分も嬉しかった思い出があります。

弟はメジロマックイーンです。(写真は全て86年菊花賞)

父はフィデオン、これは、日本人数人の馬主がヨーロッパの競りで購入し、走らせた後、日本で種牡馬となった馬だと思います。この一連の動きがとっても素敵な話なんです。

だからこの父にも勝手に夢を乗せていた思いだがあります。

ダイナガリバー 86年ダービー、有馬記念勝馬「一目見たときからダービー馬」

App4138

(京都新聞杯:増沢騎手)

一度だけダービーを現場で見たことがあります。86年でした。

迫力のないレースでした。5月ごろのちょうどよい陽気の中で若さの残る3歳馬のレースは、心が平和になってしまって、よほどのことがない限り和んだ心が燃えてこない感じでした。

JCのころのケヤキの紅葉がすばらしい東京競馬場も緑豊かでその平和さを倍化させていました。

App4127 App2968

(ダービー)

約束されていたように、ダイナガリバーが優勝しました。グランパスドリームが2着でした。社台とラフィアンの1、2着です。

クラブの馬が牡馬のクラシックは勝てないだろうと信じられていた時代でした。結果は未来を描いていたんですね。

App4130 App4129

スプリングSが雪で順延されて取り消して、皐月賞はその影響か惨敗しますが、なぜかこの馬が勝つんだろうなと思いながら、見ていました。

そういえば井崎さんのガリバー伝説とリンクさせたガリバー1着の予想もありました。

App2958 App4133

ノーザンテーストに母父バウンティアスでハイペリオン系のクロスで固めた血統にきれいな流星、大きな馬格と疑いようのないチャンピオンの資格を持っていました。

App4144 App4151

(京都新聞杯4着)

菊花賞もメジロデュレンに敗れますが、交わされてからの粘りはものすごいものだったと思います。

App4096 App3270

(菊花賞2着)

続く86年有馬記念に優勝しています。

最後に増沢さんお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

メジロラモーヌ 86年牝馬三冠馬「まさにミスブラックビューティ!」

App2884   

(桜花賞)

美しい、華やかさのある黒光りのする馬でした。

85年にシリウスシンボリがダービー優勝し、新種牡馬のモガミの価値が上がり、登場してくる産駒も他の馬たちより何か違ったものを持っていて、強そうだとの錯覚がまだ解けないころにさらに強力な彼女が登場しました。

App2931 App2933 App2934 App2927 App2926 App2929_2

桜花賞トライアルで関西に来る前は、勝つ時は大差、圧勝するけれど、アッサリ負けたりもするので、大きな可能性はあるけれど脆さも持ち合わせているとの印象、スピードとパワーは凄いが、それがちゃんと発揮できないときがあるとの印象で彼女を私はとらえていました。

桜花賞トライアルは、初遠征、初コースであり、レースも後手を踏んでしまったのか、最後のハロン棒を迎えても差し届きそうではあるもののTVやラジオ実況で受け取ったほどの物が違う的な感じは受けませんでしたが。。。。

あと200過ぎで鞍上となった河内騎手のゴーサインが強く出た後、なにか他の誰かが力を加えて、積木と積木を苦もなく置き換えるように、凄く短い距離で楽に先頭を交わしてゴールしていました。

App2950 App2949 App2947 App2951

(桜花賞 上、下)

場内の「あーーーーー!」って感じの歓声がメインレースでおこるのは非常に希です。力の違いすぎる馬が最後だけ追われてメッチャ強い時にそんなことはありますが。

いまでも、その情景、歓声は鮮明に思い出すことができます。大きな場内のため息の後、強さにあきれてドッと笑いがおきていました。

App2883 App2879 App2882_2 App2886 App2885_2

(4マヤノジョウオの騎手が首をひねってるのが印象的。

会心のレースをして歯が立たない強さでした。)

桜花賞は予定通り圧勝。東京で2月に敗戦をしていることから、東京が不安ではの声がありましたが、トライアル、オークスともに全く不安なく楽勝しました。

直線まで無理をしないでスムースに走らせ、最後に爆発させる河内騎手の騎乗が彼女に何かを与えていたのかもしれませんが。

エリザベス女王杯(3才限定)では、早めに先頭に立った分苦しみましたが、初の牝馬三冠を達成しています。

しかしながら、最初の桜花賞トライアルの印象が強すぎて、その後は、彼女を信じているだけでしたので、他のレースでの印象が非常に薄いのが今となっては思い出ででもあります。

App37191 App2888 App2892 App2897

App2894

(エリザベス女王杯)

ホントなら、女王杯の時に自分が三冠を達成するくらいの緊張感がかかってしまって、後からアホらしく感じられるのですが、ほとんどそれはありませんでした。

ローズSも制しており、トライアルも全て制覇しての完璧な三冠でした。

この後、有馬記念に挑戦するのですが、記録を調べると、0.6秒くらいしか負けていないんです。たしかレースでは馬群に揉まれっぱなしで、小さな不利は一番受けてしまった感じでしたから、後からの3才牝馬の有馬記念での結果とあわせると相当な能力だったことがわかります。

小休止。(おなじみルドルフ選集)

App3637

App3636

さて、村まつりの当番のため、約1週間ほどお休みです。82年から99年まで通ったJCを軸に93年まで進めてきましたが、たくさんの取り残しがあるため、小休止後はもう一度その辺を暫くやりたいと思っています。

App3638

例えばラモーヌ牝馬三冠であるとか、華麗なる一族といわれたイットーの系統などなど、ブライアンズタイム、サンデーサイレンスが登場してくるまでの競馬をやっておきたいと思います。

App3639

何度もアクセスしていただいている方、コメントなどいただいている方、大変感謝です。ただ、ワンパターンのブログでわかりますように、PCに大変不慣れなため、なかなか返答等はできませんので(トラックバックの活用も皆目不明です。)お許しを。

App3641

写真は、転用等をされると何処に行くかわかりませんので困りますが、それ以外はフリーだと思っております。

なにしろ下手ですので。。なお金銭など負担を求める掲載には応じられません。

ただし、クラブ募集馬については、会員さんを中心に写真の転用などは自由で構わないと思いますが、人が写っている写真はその際は避けていただきたいと思います。

留守番の写真はブログの都合上、縦の写真が混在しての掲載に手間がかかりすぎて自分には少し難しいため、割愛していたものです。シンボリルドルフ最高のパフォーマンスとなった85年春の天皇賞です。

ニッポーテイオー87年天皇賞秋、マイルCS勝馬「彼を負かせば超一流」

App3233 App3234

87年宝塚記念

全盛期は、強くて、速くて、どうしようもない感じがしました。

安田記念で彼を負かしたフレッシュボイスがその後勝てなくても人気し続けたように、彼の強さが身体の奥にまで入ってくる感じでしたから彼を負かした馬がとんでもない可能性を持っているような気がしてなりませんでした。

App4104

App4103_2

88年宝塚記念

87年には、天皇賞秋、マイルCSを勝ち、春も勝ちはしませんでしたが安定した成績であったので今の基準なら、十分年度代表馬なのですが、クラシック2冠のサクラスターオーにその座を奪われています。

最近注目されたのは、ハルウララとしての父としてでしたが、あれだけのスピードが伝わらなかったのが不思議です。

写真は87年88年宝塚記念です。2200㍍はやはり長いのかともに2着となっています。

レガシーワールド 93年ジャパンカップ勝馬「どこまでも走る」

App4084

この写真は3才ドンカスターS時のもの、この後のレースが菊花賞で、前走セントライト記念で負かしたライスシャワーがミホノブルボンの三冠を阻みます。

そのためパドックに張り付いていたためレースの写真はありません。

App4082 App4081 App4086

(小谷内騎手騎乗)

気性難などでせん馬になり、その後連戦連勝で、このレースでも春に大活躍したヒシマサルに快勝し、JC4着、有馬では2着となり大波乱の片棒を担ぎました。

93kdrw1

(河内騎手騎乗)

その後休養などをはさんで、京都大賞典でマックイーンに力負けして2着となりますが、その次の93年JCではコタシャーン騎乗のデザーモのゴール板(当時あった右回り用使っていないので、鏡だけ取り外してあった)見誤りにも助けられたものの、何頭ものタイトルホースを正攻法で完封して1着、世代最高のパフォーマンスを手に入れています。

走り出したら止まらない、力が次から次から溢れ出てくるような馬でしたが、このJC後屈腱炎で不振になり引退しています。まくって伸びてくる力強さはディープより上かも。。。。

ポルトフィーノ 彼女は明るい性格 エルフィンS

Img_5739

(武騎手と厩務員さんが談笑していると尾を振って嬉しそうなのがとても印象的)

残雪の多さには驚きましたが、エルフィンSのパドックは、ディープの2戦目の時より多い人が彼女を見ようと集まっていました。活気のある仕草、私も含めカメラのシャッター音を浴びせられても少しも驚かずに歩いていました。

Img_5721

クロフネ産駒で鹿毛と言うこともあり、ブラックシェルと似ている感じもしましたが、こちらの方が柔らかく感じました。少し尾が短くてその分なにか気性に問題があるかなと思いましたがなにもそれが問題になっていることはなかったと思います。

Img_5765 Img_5762

レースは圧勝でした。でも相手がそんなに強いかなと感じたので、去年のようにウォッカがニシノマナムスメ以下に持ったままで33秒台で圧勝したのとは訳が違うかもしれません。ようやくクラシックロードの軸となる馬が1頭登場して武騎手の牝馬路線で乗る馬が決まったことは確かですが。

Img_5786 Img_5809 Img_5845

コイウタ もう一度、見たかった。。07ヴィクトリアマイル勝ち馬

Img_4313

フジキセキ産駒らしい、少し筋肉質の馬体をしてましたが、とても女らしい華やかさ、可憐さも持ち合わせていて、マイルCCのパドックで見ているときから、「もう一度みたいな」と思いました。今回の引退は潮時とはいえ、とても残念です。

Img_4381

社台の種牡馬でSSでないとすると、ジャングルポケットとかファルブラブとか、個人所有の利を生かして、ウォーエンブレムとか、いづれにしても爆発力のある名馬の登場を待ちたいものです。もう一度あいたいですね。

Img_4312

写真は全て07マイルCC

93年ジャパンカップ公開調教その2「未完の巨人伝説」コタシャーン(93年BCターフ勝馬)、ホワイトマズル(93凱旋門賞2着)など

Ct40

コタシャーンはサンタアニタでのブリーダーズカップターフで大外を回って短い直線だけで追い込んで楽勝して、過去のターフ勝ち馬より何枚か確実に抜けている存在であることがわかっていました。よほど疲れが酷くても環境に慣れなくてもレベルが何枚か落ちるだけで、結果は変えようがない感じがしていました。大きくて頑丈そうな馬でした。

Ct32 Ct34

この日はスクーリングを兼ねたごく軽めの調整でしたが、馬体は迫力満点で、ケリも強くて、体の各部分から「強い」って言葉がほとばしっていました。きっとジョンヘンリーが状態が良ければこういう雰囲気をだせたのではないかと思いました。それでいて写真のように女性で十分扱えるのだから気性も素直なのでしょう。ダルシャーン産駒。

Ct35Ct37

レースは、デザーモ騎手の当時まだ設置されていた右回り用のゴール板(ゴール約100㍍手前?)をゴールと見間違えて追うのをやめた事件により2着に敗れてしまいます。

残念でしたが一つの騎乗ミス(騎乗動作によるミス)が確実に3馬身以上の不利になることが公然とわかった瞬間でもありました。下手な騎手ほど、無理な騎乗動作、姿勢によるミスを軽んじているのが明白になりました。いまでもそういう騎手はすぐ馬の性にしますが。

Hm17_2

Hm12 Hm16 Hm18

ホワイトマズルは、凱旋門賞2着からの来日で社台の勝負服で凱旋門賞を走りました。次の年は武騎手が乗ってキングジョージも凱旋門賞も激しい競り合いの外側で競馬をさせてられてしまい僅差で敗れています。

ちょうどコマンダーインチーフなどダンシングブレーブの産駒が大活躍していたときの一頭です。調教は軽めながら、シッカリとした感じで、欧州馬の重さがあまり感じないのが印象的でした。

Pr2 Pr3 Pr4

プラティニは、ドイツからでしたが、父のズルムーがテスコボーイの近親で、やはり日本の馬場があっていたのか、格下の馬という感じでしたが僅差の4着に健闘しました。

N1

ナチュラリズムは、92年に続いての参戦。あまり出来の変わらない馬だなと思いましたが、外外を回らされた分着外に終わっています。

M2 M1

ミシルは、ミスワキの産駒。イタリアでG1勝ち。

Fc1 Fc2

ザファントムチャンスはNZから、コーフィールド、コックスプレートを連勝しての来日でしたが、以前の南半球の来日馬と比べて目立たない感じがしました。

93年ジャパンカップ公開調教その1 アーバンシーUrban Sea(93年凱旋門賞馬)「彼女が持っていた時を越えるなにか。。。」

App3980

胸が熱くなりました。彼女の調教を見終えた後でしたが。その年の凱旋門賞馬として来日はしましたが、他のG1で力負けを喫しているため、勝因は道悪によるいわば幸運な勝利であるとされ、それは彼女の陣営も受け入れているようでした。しかしホワイトマズル、オペラハウスをせり落としての凱旋門賞での勝利は何かを持っていなければできるはずありません。

App3977

そして彼女は確かになにかを強く言葉で具体的にならないけれど他の馬より強く持っていました。そのなにかにみんなが強く動かされ、最後まで信じた結果が凱旋門賞勝利だったと私は感じました。

App3978 App3979 App3981 App3982

この日の調教も凱旋門賞馬、超一流馬の余裕のデモでなく、まさに挑戦者そのものでした。ダートコースをダクで一周し騎手に乗り替わってコースで軽めながら追い切りました。

他の外国馬の数倍の調教をされたことになります。でも引き上げてくるとき、彼女はケロッとして上機嫌でした。

Ab14 Ab15 Ab17

思わずなぜか大好きだったシャダイソフィアの姿を思い出し私は自然と好きになっていました。ソフィアはどんな状況でも気合いがのって、脚が上がろうが最後まで走っていました。

レースは、やはり凱旋門賞の勝利の原因と全く逆の場所でのレースでは着外でしたが、そんなことは関係なく最後まで頑張り通しました。着外がわかると外国人騎手はJCでは追わないのですが一生懸命走るので追わなければならない感じをうけました。

Ab18 Ab19

彼女は、イギリスダービー馬となり種牡馬としても成功しているガリレオの母となりました。

Ab19_2 Ab18_2

82年牝馬クラシック  リーゼングロス、メジロカーラ、ヤマノシラギク

82ouklg01 82ouklg02

ビクトリアクラウンの不在の82年クラシックはそれでも個性派揃いでした。春はリーゼングロスのものでした。

桜花賞を圧勝してしまいます。たしか2枚目の写真は止まらずに1周してウィニングランのようになってしまったものをとったものだと思います。距離不安のあったオークスでも2着でした。

82kyd0282kyd01 82kydmk01

App2970 App2973

桜花賞2着だったメジロカーラはメジロアサマの産駒です。

受胎率が低いため産駒が少ない(全部で19頭だそうです)アサマの2頭目の重賞勝ち馬です。秋になり、朝日CCでヒカリデュールの2着の後、京都大賞典でカズシゲ、この後菊2着のパッシングサイアー等相当なメンバーに勝ち、女王杯を期待されましたが入れ込みで敗れます。その後は古馬重賞で戦いますが、斤量に敏感なために勝てませんでした。写真は82年京都大賞典(上3枚)、83年日経新春杯(下2枚)です。大好きな馬でした。

App2757 App2511

ヤマノシラギクは、大きな独特の流星がトレードマークの派手な馬でしたが、全ての競馬場で走り、2才夏から6才冬まで56戦走り続けて、古馬重賞で2勝するなど無事是名馬のお手本となる馬でした。写真は81年京都3才Sと最後のレースとなった85年有馬記念です。

ビクトリアクラウン永遠の「幻の三冠牝馬」 82年エリザベス女王杯

App2744

82年牝馬クラシックが始まるまで絶対と言われていた存在でした。しかし、それを前に故障します。

いまでも春先に故障した牝馬が、復活して秋に大きなレースを勝つことは少し困難さが付いてきますけれど、この時代はまだ育成という分野がボンヤリしていた時代で、(なにしろ秋にトレセンで乗り慣らしをしている光景が見られる時代でしたので)3才の自然な成長の方が上回っていて、故障した馬はそのブランク分だけ以上に割を食う時代でしたから、春に故障して長期離れた馬が秋に復帰して、順調に成長した馬を相手に秋のシーズンにトップの座に戻ることは物理的に無理に近い時代でした。

App4153

京都大賞典を3才牝馬ながら勝ったメジロカーラ、ミスラディカル、この後古馬重賞で走り続けたヤマノシラギクなどこの年の牝馬はレベルが高かったのですが、付け入る隙も与えずにエリザベス女王杯(3才のみ)を楽勝しています。

App2746 App2747

名馬ラインゴールドを出しテスコボーイと同じプリンスリーギフト系であることで期待されたファバージの代表産駒と言えると思いますが、大きくて、存在感があり、綺麗な馬でした。日本古来の母系でもあり、これからの発展を祈りたいと思います。

トウカイテイオー その2 92年サンケイ大阪杯 終わらない季節

92ssso2

「大阪杯の時と同じくらいのデキだろうな。」

最後のレースとなった93年有馬記念のパドック中継を見ながらそう思いました。

ダービー後故障して休養明け初戦となった大阪杯は、周囲の不安を全て消し去って、ダイユウサク、イブキマイカグラ、ホワイトストーンなどの一流どころ、ゴールデンアワーなど当時好調だった馬たちを持ったままで完璧に勝って見せました。

92sott1 92sott3

「それなら勝つかもしれんな。物理的に。。。大阪杯も休養明けだったし。。。」

有馬記念のレースが進んで行けば行くほど、その予感は確信と感動に変わっていきました。

App4168 92tstt03

(大阪杯を勝って挑んだ春の天皇賞はメジロマックイーンとの対決で社会現象にまでなったが、距離適正の差や内の悪いところに入らされ、乱されて完敗、秋に復活して強力メンバーの国際G1になったJCに優勝。)

Img_tt3965 Img_tt3967

07年11月社台スタリオンにて。

まだまだ頑張ってほしい。

トウカイテイオー その1  91年若駒S 「言葉にならない。。」

App4186

これだけ冬場のオープン特別で心が躍ったことはありませんでした。新馬、特別と2連勝したルドルフの初年度産駒は誰もが見とれるような容姿、独特の柔らかい身のこなしをもった素晴らしい馬でした。

App4193 App4196 App4197

App4198

嬉しかった一日は、良い天気で暖かい日でした。

「無敗のダービー馬は無敗のダービー馬から」これが現実となるなんて。。。

App4204_2

App4203 App4190 App4191 App4185

App4187_2

App4188 App4200   

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »