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ラフォンテース 合い言葉は「ネバーセイダイ」

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阪神4才牝馬特別(桜トライアル)

走り続けた馬でした。デイリー杯3才S、阪神3才S等に2才時連戦連勝します。400キロを少し上回る位の馬体でなかったかと思いますが、小さな鹿毛でも目立たない色の馬でした。

阪神3才Sで2着に負かしたのが後に菊花賞をとるノースガスト、4着にダービー馬オペックホースですから、相当強かった。

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3才になってからは、斤量が重くなったことや阪神3才等の連戦の疲れが抜けなかったことが原因だと思いますが、勝てなくなります。

写真の阪神4才牝馬特別では、ノーザンテーストの初年度産駒のシャダイダンサーに敗れます。彼女の父フィルモンはネバーセイダイ産駒でした。

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(3才秋 京都牝馬特別 6番)

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81年マイラーズカップ岩元騎手

その当時、ネバービートやシプリアニなど父を英ダービー馬ネバーセイダイに持つ種牡馬たちが、テスコボーイなどのプリンスリーギフト系とともに幅を効かせていた時代でしたが、段々と世界的に勢力が拡大していったノーザンダンサー系の日本ではほぼその最初の種牡馬でもあるノーザンテーストの力に最初に試練を受けたのが彼女であったとも言えます。

4才の夏に小倉記念などを3連勝し阪神の朝日CCで4連勝、復活をはたしています。

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その後は振るわず写真の82年宝塚記念が最後となります。

母父がムーティエであることで長距離のレースも使われたようですが、成績一覧を今見るとあまりに厳しいレース選択で使われているのに唖然とします。

今のように牝馬路線があったら。。。ハッピーエンドが待っていたかもしれませんが。

ラフォンテーヌと登録しようと関係者に渡したメモの勘違いでラフォンテースとなったようです。

あまり知られていませんが、額にきれいな流星がありました。

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すばらしき名馬達 80~」カテゴリの記事

コメント

これまでで、自分が一番好きだった馬だったと思います。

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