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ミスターシービー 19年ぶりの三冠馬 83年菊花賞

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83菊花賞ゴール Mr.C.B

ミスターシービーは83年皐月賞、ダービーと二冠に勝ち、夏に体調を崩しましたが、なんとか菊トライアルの京都新聞杯に出てきました。物足りない気合、なんかボテッとしている馬体など少し病的で不満の多い出来でした。

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京都新聞杯↑

ただ春の二冠レースを両方とも2着となったメジロモンスニーも故障し、秋の上がり馬も見られない状況となり、無事であれば三冠馬達成が確実となる状況ができていましたから、無理にここで勝負するのでなく、追い切り的に使われ、マイパースでレースをして直線だけ追われる競馬で、カツラギエースに大敗はしたものの、3着とはそんなに差のないところまで来るレースをしました。

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京都新聞杯↑

京都新聞杯の2着馬は骨折からの長期休養明けのリードホーユーでした。彼は、菊花賞後、有馬記念を勝ちますが、当時は追い切り替わりに本番を使いながら徐々に体調を上げていくことが常識で、坂路などの調教施設もない時代では急激良化は期待できず、トライアル終了後も、三冠馬達成はシービーの体調次第との状況は変わりませんでした。

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菊花賞当日のパドックは、前走時より、馬がスラッとした感じでとにかく格好いい姿に変身していました。

彼は皐月賞もダービーも後方から追い込んで先頭に立った後、渋太く粘ってその差を絶対的なものにしており、スパッと切れるだけでない差脚が強さの特徴でした。

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その粘りは母のシービークインが発揮したハイペースで逃げておいて直線でまだ粘って伸びているものと同質のように感じましたから、母親も乗っていた吉永騎手であれば紛れの多い京都の直線を追い込むより、多くの勝ち馬のように早めに4コーナー手前位からから先頭に立って、そこから最大限に血統からくる魅力をだすかもしれないなとは予想をしていましたが。。。

レースは、予想よりも遙かに早く3コーナーから仕掛け、坂の下りで先頭へ。場内放送のトーンが急にあがり、場内は劇的に騒がしくなりました。誰もがわかる早仕掛けでしたから。

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しかし、敵がいませんでした。最後は、すっかり勢いがなくなっていましたが、粘りに粘って、結局後続に詰め寄らせないままのゴールでした。

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「やっと見られたな三冠馬。」感慨深げに競馬場で知り合った友人が言いました。記録を見ればわかるように三冠として意識しながらレースをされて唯一の三冠馬がシンザンであることは誰もが当時理解していましたから、シンザンが達成した領域はまさに聖域であり、到達できないものとして当時は競馬を見ていましたし、語られてもしていましたので、競馬場に自分がいて三冠が達成されることは、考えられないことが起きている状態でした。

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シービーの三冠は、皐月賞はシンザンの時、都合で東京開催でしたから、初めて伝統的な開催場で達成された三冠ということになります。

次の年、84年秋に復活してターフビジョンが新設された東京競馬場で最後方からのごぼう抜き、先頭に立っての持続力で2000㍍になったはじめての秋の天皇賞を勝利し、熱狂を独り占めしました。競馬場の外にもそのベクトルは広がっていき、新たな熱狂をスタンドに連れてきました。

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84年JC↑

次のJCではスローペースを後方で追走しましたが、欧米、豪の上位馬がやる気をもって来日し仕上げましたから、これを追い込むことは好調でも至難であり着順的に10着に終わっています。

次の年85年は、ルドルフを意識しすぎました。宝塚記念と秋の天皇賞を意識した馬本位のローテーションならヒョッとしてギャロップダイナがシービーだったのかもしれません。

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