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ミホシンザン 85年菊花賞 87年天皇賞春 伝わるべき気骨

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87年春天皇賞

なぜかわかりませんが、彼は人を威圧するようないわば武道系、体育会系の雰囲気がありました。

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85年菊花賞↑↓

シンザンの産駒として、父の影を成績に、レースに求めてしまいますが、85年には皐月賞、菊花賞に勝ち、その要求に答えた唯一の存在が彼だと言えます。87年春の天皇賞も勝っています。

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とても姿の良い馬で強そうで、目を奪われる存在でした。

87年春の天皇賞時にあまりにも綺麗で、独特の威圧感に気持ち良ささえ感じましたので、勝つものと信じて追いかけていたらゴール前、田原騎手のニシノライデンに大外から差して来ていて、実は大接戦になっており、エラいビックリしたことがありました。

87年天皇賞

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ダービーは故障で出られませんでしたが、「幻の・・・」と呼ばれないのは、ダービーをシリウスシンボリが圧勝したこと、ダービーが苦手な道悪であったこと、そして古馬になって関東のレースでは、サクラユタカオーなどに敗れてなかなか勝てず、彼の3才時の強さが少し印象に残らなかったことが上げられると思います。

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このころを境に馬場の改修が良く行われ、時計が早くなりより一層、今まで避けられていた内側でのレースが多くなり、内側のコースを通ることで、コース自体が小回りになり、そのコース、コーナーをスムースに回れて、そこから瞬発力が出せるタイプ、血統が求められ、優位に立つようになりましたから、平均ペースをしのいでいって、最後に生き残ったものがラスト1ハロンで雌雄を決する馬の絶対値を求めるレースは少なくなり、その分、お金でなく、工夫で積み上げてきた部分の今までの日本の血統が劣勢になり、残さなければいけない何かまで淘汰される結果となりました。

その最終便的な位置に彼がいたことは非常に残念です。

85年菊花賞↓

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すばらしき名馬達 86~」カテゴリの記事

コメント

シンザンが最後に送った最高傑作でした。
筋肉質な力感溢れる馬体、悪く言えば、野暮ったいとなるのかもしれませんが、持って生まれた品が、そうは見せなかったと思います。

皐月賞、春の陽光溢れる良き日でした。
直線突き放しての圧勝、美しい勝ちっぷりでした。
あの日の暖かさとともに思い出します。

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