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2007年12月

モノクロの中の名馬たちカツラノハイセイコ、ニチドウアラシ、メジロファントム、ノースガスト、ハシクランツ、オオシマスズラン

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大阪杯8カツラノハイセイコ

81年当時の写真と思います。当時学生でした。やっと買えた安い一眼レフで写真を撮っていました。カラーフィルムで高感度のフィルムがまだ出来が良くなくて、白黒の方が良いと言われていました。

白黒を使ったのはカラーに比べたら当時フイルムも現像代も半額だったからですがいまスキャナしてみると、その当時言われていた優位性がわかります。

就職してからは四季報を買えるようになったため、年代がわかるのですが、このころは一体なんだったのか判然としないです。たぶん81年の春の

マイラーズC、大阪杯(雨模様)、10月頃のオープンだと思います。

カツラノハイセイコ 9マイラーズC、8大阪杯

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ニチドウアラシ

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ノースガスト↑ハシクランツ↓

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メジロファントム

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オオシマスズラン

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アンバーシャダイ 83年天皇賞春 ノーザンダンサーの底力

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「京都の3コーナーの坂はゆっくりと下らなければ言われていたのでそうしたら脚が余った。」的な発言を82年モンテプリンスに敗れた際、アンバーシャダイの鞍上の加藤騎手が言っていました。瞬発力があってその惰性を長く持続できることがノーザンダンサーの特徴であり、底力と見える部分だろうと思いますが、それを表していた言葉だと思います。

83年天皇賞では、ホリスキーの追い込みを早めに先頭にたって粘りきっての勝利でした。彼は有馬記念でも、当時の最強馬であったホウヨウボーイを差しきって突き放して圧勝しています。

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産駒にメジロライアン、ライアン産駒にメジロドーベル、メジロブライトがいますので彼も親子3代G1制覇しています。

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写真は全て83年天皇賞 5はホリスキー

モンテプリンス 憧れと苛立ちと

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82年宝塚記念↑

彼の父になるシーホークという種牡馬がイギリスでクラシックホースとか長距離G1勝ちを出したりしていましたので、名馬の弟とか、流行の父系とかが多かったその当時の種牡馬事情のなかでは、字面からですがシーホーク産駒というのは少し上質な感じをもって私は見ていました。

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80菊花賞2着

スピードもありましたし、スタミナもあったのですが、最後でわずかに競り負けて結局大きなレースを勝ったのは82年に天皇賞春、宝塚記念と連勝しただけでした。

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82天皇賞春↑

ただ、彼に大きなレースで競り勝った馬はそれ以降、全て振るわない結果が待っていました。ダービーでのオペックホースしかり、菊花賞ノースガストしかりです。

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オペックホース 80ダービー馬

80菊花賞(郷原)、80,10月オープン↑

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ノースガスト80菊花賞馬、写真は82宝塚↑

彼と競い合うのは、それほど消耗してしまう強烈な何かを引き替えにしなければならなかったのかもしれません。

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82年宝塚記念↑

メジロマックイーンMeijro Mcqueen 「その2 王道編」

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92年天皇賞春

90年菊花賞を勝った後、マックイーンは約束されていたように成長して長距離のレースに圧勝を続け、王道を歩いていきます。

コンビは武豊騎手に変わり、メジロアサマからメジロティターン、メジロマックイーンへの3代続けての天皇賞制覇を91年に達成します。

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91年阪神大賞典(中京で施行)↑

91年天皇賞春↓

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次走、京都の宝塚記念をメジロライアンに負けてしまい、秋は大外枠から圧勝したはずの天皇賞が発走直後の切れ込み方で進路妨害になり失格、JC3着、有馬2着で勝ちきれず、その年を終わります。

91年宝塚記念↓

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天皇賞制覇で燃え尽きたとの風評もたちましたが、次の年5才になって3月、雨の阪神大賞典で圧勝し不安説を一掃しています。

なんと言ってもこの勝った後の嬉しそうな顔!長距離で強い馬は、なんと言っても走ることが好き。加えて勝つことがもっと好きなのだろうと思います。

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92年阪神大賞典

5才春の92年天皇賞は連覇がかかりまた4才でここまで無敗のトウカイテイオーとの対決、スタンド部分は何処をとってもホントのギッシリ一杯でした。このころが競馬人気のピークだったかもしれません。ほとんどのチャンネルのどのワイドショーのトップの話題もこの対決でした。

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92年天皇賞↑↓

ルドルフの産駒で無敗のトウカイテイオーのカリスマ性が、休養明けの前走のサンケイ大阪杯の楽勝でより強調されたため、親子3代天皇賞制覇の威光もかすんでしまうほどでした。

レースは常に先手先手をとっての圧勝で、王者として意地を見せた見事な春の天皇賞連覇でした。強い王者がらしいレースして、納得の結果がでたレースでした。

場内ではいつまでも、コールが鳴りやみませんでした。

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(以降その3へ)

ミホシンザン 85年菊花賞 87年天皇賞春 伝わるべき気骨

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87年春天皇賞

なぜかわかりませんが、彼は人を威圧するようないわば武道系、体育会系の雰囲気がありました。

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85年菊花賞↑↓

シンザンの産駒として、父の影を成績に、レースに求めてしまいますが、85年には皐月賞、菊花賞に勝ち、その要求に答えた唯一の存在が彼だと言えます。87年春の天皇賞も勝っています。

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とても姿の良い馬で強そうで、目を奪われる存在でした。

87年春の天皇賞時にあまりにも綺麗で、独特の威圧感に気持ち良ささえ感じましたので、勝つものと信じて追いかけていたらゴール前、田原騎手のニシノライデンに大外から差して来ていて、実は大接戦になっており、エラいビックリしたことがありました。

87年天皇賞

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ダービーは故障で出られませんでしたが、「幻の・・・」と呼ばれないのは、ダービーをシリウスシンボリが圧勝したこと、ダービーが苦手な道悪であったこと、そして古馬になって関東のレースでは、サクラユタカオーなどに敗れてなかなか勝てず、彼の3才時の強さが少し印象に残らなかったことが上げられると思います。

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このころを境に馬場の改修が良く行われ、時計が早くなりより一層、今まで避けられていた内側でのレースが多くなり、内側のコースを通ることで、コース自体が小回りになり、そのコース、コーナーをスムースに回れて、そこから瞬発力が出せるタイプ、血統が求められ、優位に立つようになりましたから、平均ペースをしのいでいって、最後に生き残ったものがラスト1ハロンで雌雄を決する馬の絶対値を求めるレースは少なくなり、その分、お金でなく、工夫で積み上げてきた部分の今までの日本の血統が劣勢になり、残さなければいけない何かまで淘汰される結果となりました。

その最終便的な位置に彼がいたことは非常に残念です。

85年菊花賞↓

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シンボリルドルフSyimboli Rudolf 85年第5回ジャパンカップ「たかをくくろうか」

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第5回については、シンボリルドルフの項にも詳細がありますので、それもあわせて見てください。

朝からの大雨で暗い日だったのですが、勝ってくれてホッとして、なんかジンワリ喜びが湧いてきたレースでした。

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イギリスの競馬月刊誌をこのころ一番安い船便で購読していたのですが、2年連続の日本馬の勝利に段々扱いが小さくなって。「日本でトレーニングされた馬が勝った」という題名で記事は書かれており、日本の馬だけれど血統は全て輸入されたものであるとの意味で半分負け惜しみでしょうが書かれていました。いまだにこの状態は続いていますが。

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それにしてもルドルフは運が強いのか弱いのか、無敗の三冠馬なのに前年に三冠馬がいて、たいした騒ぎにならないし、JCもいまいちのメンバーで、遊びながら完璧に勝っているのに後々まで語られないし、シービーの方が人気が高くて、シービーを肯定するために面白くないとか言われ、作られたもののように語られてしまうし、最高のものにたいして勿体ないことしていたなと。

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ナッシポア↑ 85ロスマンズ国際(北米G1)の勝ち馬

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セントヒラリオン 85イタリアジョッキークラブ大賞G1勝ち馬で、条件戦ながら72キロを背負い12馬身勝ちがある。凄く立派でカッコの良い馬でした。

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ゴールドアンドアイボリー 85バーデン大賞を含むG1を3勝している。これも輝いて元気でした。

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ザフィルバート 85年主要な南半球のレースですべて入着していて活気のある雰囲気の持ち主でした。

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バリトゥ フランスのステイヤー、85カドラン賞勝ち馬

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ありがとうルドルフ!

ヒカリデュール 82年有馬記念勝ち馬 野武士の一分

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83年春天皇賞

82年9月朝日チャレンジCを東海から転厩した中央初戦で勝ち、10月秋の天皇賞(3200㍍)で2着、11月JCで日本馬再先着で1秒以内の5着、雨となった12月有馬記念ではあっという間にアンバーシャダイ以下を差しきって優勝しています。

その後は振るいませんでしたが大柄で脚も長く大跳びというかエンジンがかかったらと最後、あっという間に差しきられる、そんな爽快感を持ち合わせている馬でした。

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82年ジャパンカップ↑7がデュール、赤帽ジョンヘンリー、黄帽スタネーラ

当時アンバーシャダイなど有力馬がどうせJCで負けるならローテーションもきつくなるので、JCを回避して有馬記念に向けて秋の天皇賞の後は調整する逃げ腰ともとれる方向が有力馬の主流となっていたときに王道を堂々と歩み、成果を残したことは特筆されるべき事だと思います。

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上83年2月オープン、下83年春天皇賞

アグネスタキオン、ジャングルポケット、クロフネ2000年ラジオたんぱ杯3歳S

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毎年高いパフォーマンスを示すこのレースですが、この年のレースの価値は、現在から振り返ったときの方が遙かに高くなっているのかもしれません。

1着から3着馬である彼らは3頭ともG1勝馬であり、G1勝馬の父です。

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アグネスタキオンは12月阪神2000㍍の新馬戦を勝って出走してきましたが、素質馬揃いの新馬戦で見せた直線の後300㍍程から後続を5馬身離した末脚は、痛さを感じるほどの迫力でした。もう一度味わいたいと強く感じました。

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ジャングルポケットは、この日初めて見たのですが細身で、小さくて、馬体に一見迫力はないように見えるのですが歩かせてみると、ものすごく力が強いだろうなと想像できる歩き方で、いかにもトニービン的な馬でもあり、地肩、地力が強いタイプである感じがしました。

返し馬もゆっくりでしたが、地面をたたく音は相当大きかった記憶があります。

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クロフネは、体がごつくてそこから軽そうな首が出ているのですが、今のフレンチデピュティ産駒と違い、どこか重い感じがせずに逆に軽さが全体にある感じの馬体でした。

京都、阪神の2000㍍を好時計で連勝してきての出走で1番人気でした。

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レースは一瞬で決まりました。あっという間にアグネスタキオンが2頭を外をまわりながら置き去りにして決着をつけたのです。

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リードホーユー 能力は史上最高! 83年有馬記念勝ち馬

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83年2月阪神ゆきやなぎ賞で2勝目

なにもダートが得意だった訳ではありません。脚元が不安なためにダート戦にでているだけなのです。気性の大変激しい馬でした。

新馬戦でその後ニホンピロウイナーに勝って、阪神3才Sに勝つダイゼンキングに1200㍍で1.7秒の大差勝ちでデビューしていますが、その後は気性の荒さで負けることが3才の春は多かったです。クラシックを諦めずに出走させ、この特別を6馬身差の勝利を飾りますが、結局故障し、復帰は83年10月の京都新聞杯でした。

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京都新聞杯

故障で休み明けの馬は当時は、追い切り変わりに何戦かしながら仕上げていくことが良くありましたが、この馬もそうでした。なんか病的な感じがパドックでもプンプンしていましたので人気にもならず。ところが2着になってしまい、枠連万馬券の片棒を担いでいます。11月は菊花賞で4着、シービーの三冠達成の後塵を拝しましたが、とても完成しているといえない状況で慎重に乗られた割には良く4着にきたなと思いました。

走る姿をカメラを通して見ていると彼の方がシービーより良い馬だと思えたのですが。。。

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菊花賞

叩き3戦目となり、やっと仕上がり度が上がった有馬記念では田原騎手の思い切った逃げで1着、アンバーシャダイなど強力なメンバーを割と軽く破りました。

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菊花賞1周目(7)リードホーユー、カツラギエース

その後また故障してしまい引退しています。

彼が仕上がったらどれくらい強かったのでしょうか。

有馬記念ではまだまだ途上でしたから。適距離はどれくらいだったのでしょう。現在のような坂路、プール、外厩での休養等で心身に負荷をかけずに仕上げることができていたら、どれくらいの成績をだせたのでしょうか。

無限の可能性を想像してもなんの違和感もない雰囲気のある馬でした。

91年ラジオたんぱ杯3才S ノーザンコンダクト 

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91年当時2才路線の特に12月の編成が変更されて牝馬限定戦であったラジオたんぱ杯も2000㍍に変更され、12月最終週に行われるようになり、クラシックを占う意味で現在では関西馬が強い状況もあってですが存在感のあるレースとなっています。

その第1回目は、ノーザンコンダクトの優勝、スタントマン2着、コンダクトは、翌年道悪のスプリングSでリタイアしましたがスタントマンは皐月賞で3着となっています。

スピード主体の2才戦の中で、改装なった洋芝の阪神でのレースは、力と切れ味の戦いとなり、全く違った後味でした。

91年新人の藤田騎手の初重賞制覇でもあります。

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シャダイソフィアとダイナカール (83年牝馬クラシック)

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82年阪神3才S↑

83年の牝馬クラシックは、同じ社台ファームのノーザンテースト産駒のシャダイソフィアとダイナカールが主役でした。

シャダイソフィアは82年函館3歳Sを勝ち、勝ち方の鮮やかさや彼女の血統背景から早くからクラシック主役候補となりましたが、非常に入れ込む性格のため、輸送で大きなマイナスがあるだろうと予想ができました。

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83年桜花賞TR↑

普通そうだと京都のレースを重点にトライアルまでは選ぶところを輸送に慣らせるため、阪神3歳S、桜花賞TRと負け続けましたが、わざと阪神でのレースを選んで桜花賞が阪神への輸送が3度目となるようにし、その甲斐あって入れ込みも少なくなった大雨の桜花賞では1着、ノーザンテーストにはじめての桜花賞のタイトルをもたらしました。

ソフィァはオークスでなくダービーに挑戦し、大敗しましたが秋にはエリザベス女王杯(当時3才のみ)2400㍍で2着に健闘し、その後はマイルより短い距離中心に活躍を続けました。

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84年スワンS13番、マイルCS4番↑

85年スワンSの競争中に無謀な斜行により、転倒し故障し予後不良となりました。

ダイナカールの母として母系としての偉大さを感じる時、この馬が無事であったら、もっと早く降着制度などが整備され無謀な騎乗が排除されていたらと思います。

彼女がいないことは日本競馬にとって大きな損失といえると思うのです。落馬以外では失格にならない当時では無謀な斜行は当たり前、騎手の技術も向上せず、徒弟制度の悪い面がはびこり、自分勝手とも言える騎乗が競争ばかりかこういう事故などにより素質の高い馬を失うことになることに無関心で、それが日本競馬の全体のレベルを下げていることに気づかなかった時代でした。

彼女は好みを超えて関西競馬ファンに慕われた馬でした。

私はこの日ルドルフを見るために東京にいましたが、京都にいた友人は涙が止まらずに競馬場から帰れなかったと言います。

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83年桜花賞TR↑

ダイナカールは、桜花賞を出遅れて追い込みきれず3着に敗れ、大激戦となったオークスを勝ちます。セントライト記念ではメジロハイネとともに牡馬に圧勝してしまい、このまま菊花賞に出てきたらシービーの三冠がやばいんじゃないかと思わせるくらいでした。

血統にガーサントが母系に入っており、それが分かりやすいくらい気が強い感じで、どう猛な感じがしたのを憶えています。

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桜花賞TR、7ダスゲニー1着、2着カール、3着ソフィア

子供にエアグルーブ、孫にアドマイヤグルーブがいるだけでもたいした母馬になるのでしょうが、活躍馬はこれにとどまらず、毎年のようにセレクトセールでは高額がつけられ、社台関連の一口馬主の募集では絶対一次募集で完売と時代のトレンドとして生き続けているのが素晴らしいと思います。

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上、エアグルーブ 下、アドマイヤグルーブ

ルドルフやビゼンニシキがサイアーラインの3代目としてG1勝ち馬を出しているように、優れた世代のトップの馬はそれだけ血統表の中に残るだけの能力を持ち合わせているのだと思います。

メジロハイネ↓桜花賞TR

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カツラギエース 84年 第4回ジャパンカップ 大逆転という能力開花

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10カツラギエース、6ウィン↑

第4回JCは、ルドルフの無敗での三冠馬達成と2000㍍になった秋の天皇賞を最後方から差しきって勝利と熱狂を手に入れた前年の83年の三冠馬ミスターシービーとの対決で大変な盛り上りでしたが、その対決に酔っていられないほどのメンバーが揃いました。

ミスターシービー

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まだレベルの落ちる前の欧州競馬、ジョンヘンリーがいて注目を集めていた時期のアメリカの芝競馬、淘汰力のある豪州競馬から一流馬でこの秋シーズンなど近走で成績を残している馬が多く参戦してきたのに加えて、ピゴット、カーソンを始め一流騎手が鞍上にひしめいている状況になり、海外G1のなかに日本馬がいる状況でした。

過去3回と違い、三冠馬が2頭出ている状況で、もし惨敗すれば、競馬の運営面にも今までの名馬の歴史も完全否定されるレースとなってしまっていて、それが可能なメンバーが集まってきているのに83年のキョウエイプロミスの僅差2着により、楽観的な勝利論が主流となり、自分自身はその主流に乗れずJCにときめきながらも、自分自身が否定されるようなで恐怖感を感じていました。

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83年3着エスプリデュノールは着実に成績を積み重ねて来日していました。なのにこの馬が最低かと思う陣容だったのです。

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ベッドタイムは欧州では珍しいせん馬でしたが、欧州のG1にでられないものの、有名な場所でのG2レースをいくつも勝ってきたバステッドの産駒で、先行できるため、3コーナーの下りから、粘るレースができるため、これが一番強力に感じました。

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マジェスティーズプリンスは、この年84年に始まったブリーダーズカップの一番人気馬でアメリカのトップの馬。83年84年と大活躍している馬でした。

BCターフは、小回りの芝を外を回らされ、僅差の5着と脚を余して負けたそうで、BCを見た人がみんなその時よりも明らかに状態は上がっていると言うほどの出来をしていて、アメリカより直線の長い東京で彼の追い込みが合わないわけがなく、パフォーマンス的に自己ベストをマークできるはずでした。

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ウィンという馬は、逆に先行力があって何処でも健闘していて場所を問わないのが成績から、輸送、レースのペースなどに関係なく頑張れるタイプでした。

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南半球から来たバウンティホークはヴィクトリアダービーをキーウィはメルボルンカップを制していて、11月もレースをしての来日だけに少し疲れているのか馬に不安げな部分はあるのだけれど身体の線が特にキーウィは強い感じで体調が少々悪いくらいでは崩れない性能を持っているのかなと思いました。

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やはり、ストロベリーロードも南半球の馬なのだけれど上の2頭よりは83年まで常に成績上位にいる馬で、84年にヨーロッパに転向し大きなレースで健闘していて、固い芝でも何でも実力が発揮できるタイプでした。操縦しやすそうな馬にピゴットが騎乗。なにかありそうな感じがプンプンしました。

ピゴット↓

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ストロベリーロード↑、ウエルノール↓

ウエルノール、彼はイタリアのスーパーホース的な存在

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各馬の成績をみていた時から感じていたのですが、どう考えてもその後ろから外を回って追い込むミスターシービーが勝つとは考えられず、ルドルフもいれると10着以上には来ることが皆無のような気がしてなりませんでしたが、パドックなどを見てその気持ちは確かなものになってしまいました。

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カツラギエースは勝つことになるのだけれど、関係者が先行3番手くらいから直線差しという、以前に大勝したことあるパターンを理想としてしまった結果、追い出すまで行きたがる馬を無理からに押さえまくって結局馬だって感情があるから、その人間側の無謀さに我慢できる中距離まではおつきあいしていたのですが。押さえまくられた中距離以上は惨敗していて、何となく逃げてしまった2500㍍の鳴尾記念で3着があるくらいでした。

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↑大阪杯

関西はこのころ、もの凄くレベルが低いので、強い馬は得意距離だとどうしたって勝ってしまいます。それも楽勝なので人間側が自分の方法、方向性は正しいって直さないってやってるうちに、大目標の秋の天皇賞になって、本番だからレースのほかに我慢しなきゃならないことが沢山あるので、馬の我慢がもうレースにはなくなってるのにまだ同じようにやって勝てるレースを落として、はじめて批判が耳に入ってきた。それで次が負けて同然のJCだから、実験的にメンコをして長手綱にして先行策をとった。それが当たった。

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カツラギエース↑JC、京都新聞圧勝、菊花賞惨敗、大阪杯

圧勝

私の本命はルドルフ、菊花賞の怒濤の追い込みに感動したから、第2回に感じた押される感じを菊花賞でルドルフは感じさせてくれたから。何しろ55キロで出られるから。問題はローテーション。菊の1週前に栗東入り、京都で菊花賞を制して、美浦へ10日後美浦で追い切り次の日東京入り、2日後JCはメンバー中一番不利な部類に入るものでしたが。

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シンボリルドルフ、1周目↓

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レースは、カツラギエースが先行してそのまま、粘りこみ、迷っての先行策でなく、決めていた分、最後の余力も大きく、グリーンベルトの一番良い部分を広く取って走れた分のアドバンテージも大きくて、そのまま1着。

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ルドルフ、ベットタイムに並んでくるまでに時間がかかって、そこからは勢いがつかないのか、なかなか抜けないまま、外からマジェスティーズプリンスにもせまられてなぜ突き抜けられないのか、重苦しい競り合いのなか、戦前に予想したり、感じていた外国勢のレースを諦めずに走る気持ちも含めた圧迫感を一手に三頭の競り合いが引き受けてしまったなかで、最後にズルズルと3頭の真ん中にいながら脱落せずゴールしていました。

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レース後はスタンドは静かにでした。ミスターシービーが日本馬ではじめてJCに勝つとの感動をみんなが始まる前、随分前から準備していたから、関東では中距離馬で折り合いの難しい名馬の域にいけないだろうと直感で感じる馬が逃げ切って、ルドルフは、穴馬が逃げ切る波乱パターンのなかで、今までの日本馬と比べてもそれ以上にはパフォーマンスを出している中でシービーだけが惨敗。

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一番、どう反応して良いのかがわからない結果となりました。引き上げてくるシービーの吉永騎手に罵声がスタンド中から浴びせられました。その時が一番賑やかでした。

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無敗の記録が途切れて、負けた悲しみを一杯に出しているルドルフが通り過ぎてその気持ちに押されてまたスタンドは静かになりました。

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2回、3回に共通していた、健闘した者をたたえる拍手もなくレースは終わってしまいました。

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ニホンピロウイナー 「名馬の時代にあって無敵」Nihon Pillow Winner

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第1回マイルCS

安田記念、マイルCSがG1とされ、マイル路線が整備された84年を中心に、ニホンピロウイナーが大活躍しました。

84年、4才、骨折明けから復活した秋には春に安田記念ほかマイル以下のレースを3連勝したハッピープログレスにスワンS、第1回マイルCSで勝ち、マイル王に。85年には安田記念、マイルCSを制覇し、圧倒的強さを見せます。

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82年デイリー杯3才ST↑

2才の秋からトップの座について、その座を守り続けるだけの成長力は血統表をみると、当時はハイペリオンが上手く交配されていてそれが終わりのない成長力になっていると言われていましたし、それが常道なのですが、いま血統表をみると何とターントゥー系なんですね。日本の馬場にあっている馬たちの結晶の血統ともいえます。

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84年 スワンSは大楽勝↑

古馬での活躍はルドルフがいなければ実力的に2年連続での年度代表馬であったろうと言われています。

ルドルフと同じ時代でなかったら、交通費や都合が確保できてもっと見ることができたのにと今でも残念です。

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84年第1回マイルCS↑「あんなに強い ハッピープログレスを楽に負かす馬がいるなんて信じられない。」が大川慶次郎さんのウイナー評です。12ハッピープログレス

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82年阪神3才S↑7ダイゼンキング1着、ウィナー2着、3着エリモタイヨー、

2才時に見せたレースぶりも忘れることができないものでした。デイリー杯3才STでは、スピードで圧倒し、早熟系のマイラーを思わせましたが、続く阪神3才STでは、負けるのですが、大激戦を最後まで戦い抜いての小差の2着は早熟でない何かを感じさせてくれました。

いろんなデッドヒートが話題になりますが、このレースこそまさにデッドヒート。いつまでもスタンドがざわめいていたのを憶えています。

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85年天皇賞秋↑1着ギャロップダイナ、2着ルドルフ

マイルでこその馬がルドルフを負かしにいった5才時、85年秋の天皇賞は小差の3着同着。その後、第2回マイルCSに出すときは体調がガタガタで引退レースだからと出したそうですが、やはりマイルでは無敵であり、「生きていることがなにかを教えてもらった。」とレース後、服部調教師がシミジミと語るほどの圧勝を飾っています。

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ヒカルオオゾラ   再び羽ばたく! 12月8日

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摂津特別パドック

前年秋の京都で評判馬の揃った新馬戦でたしか4番人気くらいだったと思いますが、カッコ良い姿であったのが気になり、勝ちましたので、印象には残っています。その後信じて何度か買いましたが裏切られてしまい。。。

休養していたんですね。休養あけを勝ち、鳴尾記念前の1000万の特別に断然人気で出てきたので見ていると良くこれだけ変われるなというくらい、柔らかい印象がなくなり、弾力に富んでいるけれど非常に強い筋力が目立っていて、馬体もカッコいいのでちょっと以上に注目だなと思いました。

新馬戦06、10、22

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アルスノヴァ、キングスエンブレム 12月8日 エリカ賞より

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12月8日、エリカ賞では、好メンバーが揃いました。

アルスノヴァは、ドリームジャーニーの妹ですがスラッとして均整がとれています。雰囲気も良いです。パドックでも入れ込んでいるというより、機嫌良くウキウキと歩いている感じに見えました。首が高いのでどうでしょうか。兄同様、疲れがたまりやすいのかどうかとか、父がダンスインザダークなのでどうかとかこれから悩ませてくれそうです。

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キングスエンブレムは、ヴァーミリアンの下ですので、この後どう使うのでしょうか。ダートだと相当な馬かもしれません。

この馬の方が芝でのスピードもありそうですがそれは父ウォーエンブレムが発揮した先行力によるもので、芝よりも他の路面で成果が爆発的にでる可能性があります。

兄は現在確かに日本一ですが、世界を狙える状態で使える海外のレース数はあと3つ程度しかありません。だから早い年齢での転向をと思うのですが。

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アドマイヤオーラ リトルアマポーラ ゴールデンガッツ12月のタキオン産駒たち

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アドマイヤオーラの復活勝利はなりませんでしたが、レース前、ターフビジョンで先行断然有利の前年度のビデオを見てからのレースでの強烈な末脚は見事でした。

加速するのが凄く早くて、見ていてシビれました。

なんとか無事で。(鳴尾記念より)

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リトルアマポーラは、ヴェルサンディを差しきっての新馬勝ち。2頭の差は、母父のこの距離への適応の差でしょうが、アマポーラは身体や仕草がもの凄く軽くて、とっても良い馬です。

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ゴールデンガッツはまだまだひ弱い感じはします。また2000㍍では少し厳しいかなとも思います。

でもこの馬の持ってる雰囲気はとても心地良いと感じました。間隔を開けて使われるであろう次走に期待です。

(エリカ賞より)

笑顔同封 スタネーラ Stanerra 83年 第3回ジャパンカップ

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スタネーラは、豪華メンバーの82年JCを無名の存在で僅差4着に健闘した後、翌年83年ロイヤルアスコット等のイギリス中距離路線の特に前半戦で大活躍をして今度は勝つために来日しました。

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スタネーラのパドックは前年と全く違うものでした。ドスンドスンと地響きを起こしそうな凄い踏む混みの馬ではありませんでした。毛色も赤くなく黄色であり馬の状態が悪いことだけはわかりました。

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ハイホークは、安定して素晴らしい成績を続けている牝馬であり、モハメド殿下(当時:今は国王のはず)がはじめて連れてきた馬でしたが、今ひとつ馬から伝わってくるものはありませんでした。厩務員が話しかけながら、なんとか集中を途切れさせないようにしていました。ハイホークは敗れるのですがこの子供がインザウィングスで、そしてその子供がシングシュピールでJCに勝ちます。

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エスプリデュノールは3才でヨーロッパのクラシックレースなどを転戦して安定した成績を収めていました。形の良い馬でした、他の馬よりまとまった感がありました。

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アメリカのエリンズアイル、当時女性厩務員というだけで注文されました。この年の春にG1勝利もありましたが、感じるものが弱い印象でした。

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初めてNZから一流馬が来日と言われたマクギンティ。マイル、中距離での大レース勝ちがあり、馬体も雰囲気もマイラーって感じでした。牝馬です。推進力に圧迫感がありました。

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12アンバーシャダイ10メジロティターン7タカラテンリュウ

1ハギノカムイオー

アンバーシャダイ、メジロティターン、キョウエイプロミスなど日本勢も相当な陣営でしたがとにかく外国馬を見ることが第一でとにかくこのころはパドックの時間が午前のレース並みに短いので写真をとり、馬をみて、人が押してくるのを押し返してとくかく忙しいので気にする暇はありませんでした。

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前年の勝ち馬ハーフアイストも参戦してきました。勝利後、何戦か人気で負けて輝きを失っての来日でした。大きな馬だなと、こんなに大きかったかと。

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レースは、スタネーラが先頭に取り付きながらなかなか抜け出せない、じれったいレースでした。2着はキョウエイプロミスで日本馬初の2着でしたが、抜けきれないレースぶりへの嫌悪の方が私には先に立ちました。それほど前年無名であった馬にパドックでときめいたその衝動が大きかったのだと思います。

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写真ができてみると、発走前と勝利後とでスタネーラは表情がこれほど変わるかという感じです。これほど馬にレースへの感情がしっかりあるのかと思いました。体調不良で早い追い切りが少しもできず、JCの伝説の一つになりましたが厩舎の周りを夜中も引き運動をして歩きまくって体調を整えた苦労を跳ね返しての勝利なら、人以上に主役の馬が何倍も嬉しかったはず。馬に人間と同じ以上の心や笑顔が備わっているなんて、そんなことさえそれまで知りませんでした。

ミスターシービー 19年ぶりの三冠馬 83年菊花賞

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83菊花賞ゴール Mr.C.B

ミスターシービーは83年皐月賞、ダービーと二冠に勝ち、夏に体調を崩しましたが、なんとか菊トライアルの京都新聞杯に出てきました。物足りない気合、なんかボテッとしている馬体など少し病的で不満の多い出来でした。

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京都新聞杯↑

ただ春の二冠レースを両方とも2着となったメジロモンスニーも故障し、秋の上がり馬も見られない状況となり、無事であれば三冠馬達成が確実となる状況ができていましたから、無理にここで勝負するのでなく、追い切り的に使われ、マイパースでレースをして直線だけ追われる競馬で、カツラギエースに大敗はしたものの、3着とはそんなに差のないところまで来るレースをしました。

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京都新聞杯↑

京都新聞杯の2着馬は骨折からの長期休養明けのリードホーユーでした。彼は、菊花賞後、有馬記念を勝ちますが、当時は追い切り替わりに本番を使いながら徐々に体調を上げていくことが常識で、坂路などの調教施設もない時代では急激良化は期待できず、トライアル終了後も、三冠馬達成はシービーの体調次第との状況は変わりませんでした。

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菊花賞当日のパドックは、前走時より、馬がスラッとした感じでとにかく格好いい姿に変身していました。

彼は皐月賞もダービーも後方から追い込んで先頭に立った後、渋太く粘ってその差を絶対的なものにしており、スパッと切れるだけでない差脚が強さの特徴でした。

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その粘りは母のシービークインが発揮したハイペースで逃げておいて直線でまだ粘って伸びているものと同質のように感じましたから、母親も乗っていた吉永騎手であれば紛れの多い京都の直線を追い込むより、多くの勝ち馬のように早めに4コーナー手前位からから先頭に立って、そこから最大限に血統からくる魅力をだすかもしれないなとは予想をしていましたが。。。

レースは、予想よりも遙かに早く3コーナーから仕掛け、坂の下りで先頭へ。場内放送のトーンが急にあがり、場内は劇的に騒がしくなりました。誰もがわかる早仕掛けでしたから。

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しかし、敵がいませんでした。最後は、すっかり勢いがなくなっていましたが、粘りに粘って、結局後続に詰め寄らせないままのゴールでした。

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「やっと見られたな三冠馬。」感慨深げに競馬場で知り合った友人が言いました。記録を見ればわかるように三冠として意識しながらレースをされて唯一の三冠馬がシンザンであることは誰もが当時理解していましたから、シンザンが達成した領域はまさに聖域であり、到達できないものとして当時は競馬を見ていましたし、語られてもしていましたので、競馬場に自分がいて三冠が達成されることは、考えられないことが起きている状態でした。

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シービーの三冠は、皐月賞はシンザンの時、都合で東京開催でしたから、初めて伝統的な開催場で達成された三冠ということになります。

次の年、84年秋に復活してターフビジョンが新設された東京競馬場で最後方からのごぼう抜き、先頭に立っての持続力で2000㍍になったはじめての秋の天皇賞を勝利し、熱狂を独り占めしました。競馬場の外にもそのベクトルは広がっていき、新たな熱狂をスタンドに連れてきました。

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84年JC↑

次のJCではスローペースを後方で追走しましたが、欧米、豪の上位馬がやる気をもって来日し仕上げましたから、これを追い込むことは好調でも至難であり着順的に10着に終わっています。

次の年85年は、ルドルフを意識しすぎました。宝塚記念と秋の天皇賞を意識した馬本位のローテーションならヒョッとしてギャロップダイナがシービーだったのかもしれません。

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