2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

« スイープトウショウ 感謝 またあいましょう! | トップページ | 「笑顔の革命」 82年第2回ジャパンカップ その2(レース) ハーフアイストhalf Iced、オールアロングAll Along、エイプリルランApril Run »

「笑顔の革命」 82年第2回ジャパンカップ その1(パドック) オールアロング、ジョンヘンリー、エイプリルラン、スタネーラなど

App3794

ヨーロッパの競馬がパドックに出てきてからレース発走までが30分まで位で行われているため、この前例のない国際レースはそれに習いました。

電話もPATもない当時は直前の売り上げが多くの比率を占めており、売り上げを稼ぐため通常直前のレースから、大きなレース発走までのインターバルは50分近くもありました。そのインターバルは変更せずにパドックに出てくる時間を20分遅らせたものですからパドックには人、人、人。現在のG1でも考えられないくらいの混雑でした。 

オールアロングAll Along↑↓)

App3792

馬服を着てパドックを馬が歩いたのもこれがはじめてのこと。オールアロングでした。82年のヴェルメイユ賞を勝ち、道悪の凱旋門賞を大敗しての来日です。

厩務員が馬に笑顔で話しかけながら歩いていました。当時はパドックで馬に話しかけることはありませんでした。

叱ることはあっても。

App3790

「ジョンヘンリーなんかに負けるな!」ヤジにスタンドがドッと湧いたとき日本語のわからないはずのフランス人の2人はオールアロングの目を見ながら一緒に笑いました。

馬はその中であくまで静かにしていました。オールアロングはいままで見たこともない推進力を感じる歩き方でした。

彼女は次の年の83年凱旋門賞を勝ち、その後北米に遠征、国際レースを3連勝して、アメリカの年度代表馬に選ばれています。

オールアロング↓

App3789

外国馬と比べると日本馬は少し綺麗すぎるようにみえました。写真はヒカリデュール、東海公営から9月に中央へ、JCを差のない5着で日本馬最先着。この後有馬記念を勝ちます。

Hd01

ヒカリデュール↑

スタネーラは、この来日当時は、いわば準オープンから上がった位の位置でしたが、次の年5才になって83年ロイヤルアスコットを始め前半シーズンのヒロインとなります。 

スタネーラStanerra↓

App2096

それにしてもスタネーラの踏み込みはもの凄いものでした。後ろ足が地面を突き刺しているような感じで、地面が揺れるのでないかと大げさでなくそう感じました。

App2127

エイプリルランは、凱旋門賞を外をまわして追い込み切れず、1馬身差ほどでたしか5着に負けて、その後北米に渡り、国際レースを圧勝してから参戦してきました。誰がみてもこのレースの本命でした。長旅のため、明らかに身体はガレていたのですが、少しも苛だ立つ素振りを見せませんでした。

ただし凄い歯ぎしりの音。パドックの間ズッと歯ぎしりをして、他の無駄な事はしないで耐えている感じでした。競争をする意識が馬にこれほど強くあること、強く持つことができること。馬それぞれに個性があること。彼女が教えてくれました。

エイプリルランApril Run↓

App2104 Ar03

センチュリアス、イギリスの名馬グランディの弟でセリで超高値で取引されました。これはホントに形の良い馬でした。グランディは私が最初に憧れた外国馬です。

St03 App2133

App2099 App2105

ジョンヘンリーJohn Henry 他の馬と比べ強固な感じがしました。筋肉が鉄みたいで。毛艶が変な感じがしました。いわゆる悪い汗をかいていたのだと思います。輸送疲れがあったのだと。

Jh01 App2126

アメリカの生きている伝説が目の前にいたこと、その後に年度代表馬に返り咲いた名馬をみれたことは大変な幸運ですが調子が悪く見えて、ヨーロッパ馬の方が上に見えて、アメリカからの勝ち馬を結局十分に見なかったのが少し残念でした。

鞍上のシューメイカー騎手には、カメラを向けているだけで緊張してしまいました。 

優勝するのはハーフアイストHalf Iced↓

Hi01

Fk01

フロストキング↑ 前回2着ですがこのメンバーではかすんでみえました。それほどレベルが高いドリームレースでした。

カイザーシュテルンはドイツから↓

App2131

App2129

イタリアのスカウティングミラーは父デットーリ騎乗↑

外国馬をパドックで見てから馬券を買おうとの人が発走まで時間がないので馬券売り場に急いだため、売り場への人の大きな流れができて本馬場入場を見ようとしてもその流れに邪魔されて前に行けず、おもわず人に体当たりして道を開きました。そのためオールアロングの入場は遠くからみることに。。ほんとピントが合っているのが今でも不思議。

App2117

その2へ。。。

« スイープトウショウ 感謝 またあいましょう! | トップページ | 「笑顔の革命」 82年第2回ジャパンカップ その2(レース) ハーフアイストhalf Iced、オールアロングAll Along、エイプリルランApril Run »

ジャパンカップ(80年代)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« スイープトウショウ 感謝 またあいましょう! | トップページ | 「笑顔の革命」 82年第2回ジャパンカップ その2(レース) ハーフアイストhalf Iced、オールアロングAll Along、エイプリルランApril Run »