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2007年9月

スプリンターズ本命?アストンマーチャン

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春のFRの時に愛馬ルミナスハーバーの応援にいった際に彼女をライバルとして見ました。パドックでもカッカッしているけれど隊列を乱さずに歩けていましたし、調教しやすい、調教が身につきやすい素直な馬で、無駄なく成長できる点が強みかと思いました。

フィリーズレビュー時のレースは、ルミナスの騎手が当日朝30ミリの雨が降り内側が痛んでいて、他の騎手が内を選ばないのにわざと内を選んで走らせ、馬場が良い内回りコースでは外側からよられて後手を踏み続け、強風、逆風の直線ではまた内を選んでまともに失速となり惨敗。ホントしばらく感情が消えてしまうほでしたが・・

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逆に言えば馬場の良いところを選んだとはいえ、先手先手とって進め、逆風の直線でも、風を受ける先頭の位置からまだ延びで来て快勝しているのですから相当な能力をアストンはもっているのだと思います。

このレースで負かしたクーヴェルチュールが今年3才の中で唯一古馬との混合オープンを勝っているのも強みかもしれません。(写真は全て3月FRのもの。)

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絶対のスプリンター サクラバクシンオー

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(94年スワンS)

今年は、マルブツイースターが小倉3歳を制してまだまだ気を吐いています。種牡馬として、サンデーサイレンスやその子供たちと同じ種馬場で争って、短距離では、互角に戦っていると感じさせてくれています。とても凄いことだと思います。

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もしサンデーサイレンスともう少し時代がずれていたら、短距離だけでなく、違ったタイプも出てきたかもしれないなと思います。それがとても残念。

競馬を始めた頃に全盛だったテスコボーイの血統が長く残り続けてほしいと思っています。

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さて、写真は阪神で10月に行われたスワンSです。初めて1400で1分20秒台を切った時のもの、レースの迫力も素晴らしかったですが、返し馬でのバクシンオーは他の馬と同じスピードなのに、全く力みがなく、キャンターの音も聞こえてこないくらい静かで軽やかであったのが印象的です。

まさに飛んでいる感じでした。

(92年スプリングS、94年マイルCS、07社台スタリオン)

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再注目! メジロマックイーンMeijro Mcqueen 「その1菊立志編」

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07年神戸新聞杯では、メジロマックイーンの血を持つ馬が5着までに2頭入りました。結果は血統表に長距離ををこなしている血を持つ馬がズラッと掲示板を占めた感じです。本番はどうなのでしょうか。

これだけ外回りコースの中長距離で血統的なものがドンとでてくるのであれば、もっと3000以上も含めて重賞レースが外回りコースで開催されるべきであると思います。12月の阪神で国際招待の長距離の世界戦なんてどうでしょうか。

(メジロデュレン菊制覇)

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さて・・菊花賞馬メジロデュレンの弟として阪神でメジロマックイーンを初めて見たのは3才2月でした。

ひ弱すぎるほどの馬体でしたが、筋肉、骨格が発達した後をその馬体に描いただけでこれは凄い馬になるのでないかと思いました。ダービー最終便に乗るべく、戦った1勝クラスは内でもがいて3着でした。

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故障、休養から夏の北海道を転戦、きつい間隔で10月京都の嵐山Sへ出走も、鞍上が内側のグリーンベルトにこだわりすぎて外からブロックされ、抜け出せなくなり、絵に描いたように後手後手を踏んで敗戦しました。馬は春から凄くよくなっていました。

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結果的に負けても菊花賞に出られたのすが、賞金面以外でも陣営はここを勝たないとダメと思っていたようで、騎手は最大級の「やってもうた」状態で、顔面蒼白。

異様な人間側の様子に気づいたのかカンカン場でマックイーンが、このときは相当暴れていたのが印象的でした。

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下:菊花賞本命のメジロライアン

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後はレースが終わるまで絶叫。胸騒ぎは本物でした。

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下の写真はマックイーンの父のメジロテイターンです

JCと宝塚です。走るマックイーンの産駒はどちらかといえば、マックイーンよりもテイターンのほうに似ているような気もします。

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もっと強くなれ!オーシャンエイプス

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新馬戦を現場で見ていて、鮮やかな勝利をおさめた馬がその後も活躍してくれるのはとてもうれしいこと。

初戦の強烈な勝ちっぷりから、「ダービーにでたい」との人間の勝手を押しつけられて走り、軽やかで自発的に感じる走りがあっさりなくなり、ずいぶん窮屈になってしまったと。相手が強くなったので仕方がないことではあるのでしょうけれど。今回の勝利でやっと2勝目。まだ終わってませんね。

彼の自由さ、奔放さを大事にレースを重ねて行けば、今度は大きな結果が自然と出来上がっているような気がします。馬体等から受ける何となく明るい感じがけっこう好きです。

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マニアック?ウォッカ考

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写真のタニノクリスタルの子がタニノギムレットなので

ウォッカは彼女の孫になります。全然似ていない。

ギムレットとウォッカは若干似ているかと思うけれど。

全く父が違う兄のタニノベリーニの方がウォッカに一番

似ていると感じるので、父方の影響力はどうかと。

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タニノクリスタルは父が仏ダービー馬クリスタルパレス

(グレイソブリン系)に母父シーバード(凱旋門賞馬、

史上最強馬の1頭)なので当時はとても注目しました。

小さい馬で、活気のある馬でした。牝馬の思い切り

レベルの高かった年でしたから一番上のレベルまでは

いけませんでしたが。

同期のイソノルーブル、シスタートウショウなどタイトル

ホースがG1馬を出せず、負けた側のスカーレッブーケ

、タニノクリスタルがクラシックホースをだすのも面白い

なと思います。

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日曜日の静寂 84年ジャパンカップ シンボリルドルフ Symboli Rudolf

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いまだに、不思議なんです。なんであの時にあんなことをしたんだろうって。

ルドルフは、11月第2週の菊花賞に勝ちますが、栗東トレセンに牧場から1週前入厩。菊花賞で無敗の三冠馬達成後、美浦トレセン野平厩舎へ帰厩。次の週の木曜に追い切って、JCの会場である東京競馬場へ、いわば外国馬より遅く入厩。体調が崩れ、東京入厩後、下痢便がでていたそうです。

菊花賞からJCへは今でも3才馬にはきついローテーションですが、この時代は3才馬参戦は実質的に想定されておらず、11月第2週の菊花賞から中1週でJCが組まれていました。

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中1週で参戦するだけでも大変なのになぜこのようにわざと負荷をかけたのでしょうか。後でわかるのですがルドルフが一番体調の悪いとされた秋の天皇賞の際には、当日輸送なんです。つまりこれが無茶だってことは、はじめからわかっていたことになるんです。

私には、わざと外国馬が背負う輸送の不利益などルドルフにどんな馬よりわざと負荷をかけておいてそれでもレースに勝つことで、能力をためして見ようとしたとしか考えられないのです。

カツラギエースに逃げ切られ想定していなかった日本馬に負けてしまっては何も言えない。。。関係者がもう亡くなってしまったため等々この件ついては謎だらけです。

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なにしろコスモバルクの長距離遠征よりも、オグリキャップの連闘よりも遙かにきついことを課して、日本馬が一回もJCで勝てない時代に、勝てると思って疑わなかったし、現実に体調を崩しながら後一歩のところまできてしまったのですから。

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2着争いではあったけれど、BCターフで1番人気のマジェスティーズプリンス、確かヨーロッパのレートで120Pという当時の高レートを持っていたベッドタイムと競り合って全くひけをとらなかった。しかも、マジェスティーズプリンスもベッドタイムも凄く状態は良かったのです。後のJCの外国馬で見られないほど。。。

当時日本のサラブレッドのレベルは現在と比べて低かったと思います。しかし、海外のサラブレッドのレベルは昔の方が少しだけだけれど高かったかもしれないと思います。

この後のバブル、円高により日本に大きく買われてレベルが下がった分だってあるはずで、賞金の低さ等、90年代になって訪れたヨーロッパ馬の低迷期がありましたから、それを脱してきてるとはいえ80年代と比べるとまだ低いのではと思います。

日本にいながらにして、世界レベルを知るためには、自分たちも疲れるだけ疲れさせた状態にして競争をさせる方法が一番合理的だったのかもしれませんが。

結果は勝てませんでした。

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レースは、日本馬が勝ったもののJC制覇を熱望されたミスターシービーが惨敗しましたので彼がスタンド前を引き上げる時の鞍上の吉永騎手へのヤジの大きさ、言葉の最悪の汚さは普通なら嫌な思い出としてそれが一番に残るのですが、その後に引き上げて来たルドルフの迫力が、そんな小さいことを思い出とする必要を作らせてくれませんでした。

負けた悲しみ、焦燥感が馬体に一杯になってあふれ出したオーラが全ての人を沈黙させました。

彼が走りすぎていったスタンドには、静寂の波がおこりました。

馬の悲しみが、馬券に外れた怒りを超越してしまった瞬間は、これが最初で最後だと思います。

その中にいた私は、「これは歴史的な名馬。とりあえず今はお金がないから次の有馬記念は無理だけど、来年全てルドルフのレースは必ず観戦しよう。そうしないと一生後悔する。」とカメラをデイパックに入れ、脚立を片付けながら思いました。

神戸新聞杯 06年より ドリームパスポート、メイショウサムソン、ソングオブウィンド

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06年前年の神戸新聞杯は、ドリームパスポートの激勝でした。このころ長年使ったEOS5から、デジカメへ買い換えた直後で、なんでも撮りたくって、神戸新聞杯の公開調教を栗東まで見に行ったりもしました。

公開調教で唯一撮れたのがドリームパスポート(高田)でした。

豪華なメンバーも揃い、レースも素晴らしかったので、レース後中京はG1レースが終わった後のような盛り上がり方で久しぶりに気持ちが良かったです。

今年は、阪神と外回りの2400のトライアルになりましたが、はてさてどうなるのか。

上:ソングオブウィンド、下:メイショウサムソン

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ダイワスカーレットの秋は・・・

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ローズSに出走してきます。秋華賞が秋の大目標であるでしょうが、マイル路線、牝馬戦中心、中距離路線など今後どの路線に進むのか、ローズS、秋華賞で何となく見えてきそうな気がします。

母のスカーレットブーケの写真がありました。毛色や流星があるところは似ているのですが、娘の方がより活発で男勝りのような気がしてちょっと感じが違う気がします。

(写真は2歳時)

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私はタキオンマニア アグネスタキオン新馬戦から

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アグネスタキオンの新馬戦の写真をどうぞ。

馬の輪郭の線がハッキリ感じられる割には、筋肉が柔らかくて、他の馬と違うものを持ってるなと感じました。

母方に入っているリマンドの影響が馬体に出ている気もして、リマンドの子供たちが好きだったものですから、応援したいとすぐに思いました。

新馬戦は、直線ならんだと思ったら、アッという間に交わしてそこからまたグングン加速するという圧倒的なもの。身体が熱くなりました。

「こんな感覚いつ以来だろう?」と思ったものです。

最後の加速する感覚は子供たちに確実に伝わってるのかもしれませんね。私もタキオンにこだわって一口馬主に参加しています。

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史上初 無敗の三冠馬誕生 シンボリルドルフ 84年菊花賞Symboli Rudolf 

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朝からのシトシト降る雨で何もかもが暗い日でした。パドックが始まったころから、雨は止みましたが最高感度のASA1600のフィルムを使っても露出がアンダーになってしまうほどの暗さでした。

パドックから返し馬へ、初めて見るルドルフは異次元でした。競馬場へ通って6年目、これほど筋肉が柔らかい馬、異質と感じられる馬体はみたことありませんでした。

次にそう感じたのはジャパンカップに3才で凱旋門賞に勝ち直後に来日したモンジューでした。もちろんモンジューの方がその強靱さは上回っているように感じましたが、それ以上に改めてルドルフの素晴らしさをその時再認識し、ルドルフを見ておいて良かったと改めて感じました。

レースでは、双眼鏡替わりにカメラを覗いていて、ここで姿がファインダーに入ってこないとヤバイなと経験で憶えているところを過ぎてもルドルフの姿は見えてきませんでした。観念してガックリ暗い気持ちでシャッターを切りはじめた時にようやく赤い帽子が見えてきて。姿は一気に大きくなり通り過ぎていきました。あの時の衝撃は現在でも私の中に生き続けています。

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「追悼」ミナガワマンナ

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彼が菊花賞に優勝する81年頃は、現在の10年間位の関西馬優勢の状況より遙かに関東馬優勢の時代でした。

81年は3才馬のレベルがもの凄く低く、関西のファンにとってはなんの楽しみもなく、私も競馬をやめようと、4年分の優駿を整理しようとしてました。

最初にハイセイコー、タケホープの大デッドヒートの菊花賞をみて始まったものですから、最後に記念に菊花賞を見に行きました。

この世代だから普通に強いだけで大本命になってしまった馬がいて、99%勝つだろうとの評判に逆らう気にもなれず、パドックにも行かず4コーナーで眺めるだけの観戦でした。

(2番手がミナガワマンナ)

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レースは大逆転で終わりました。

二千のトライアル京都新聞杯のあまりの惨敗で、圏外と考えられていたのに本番では先手先手の正攻法での大逆転、三冠馬シンザン産駒から初めてのクラシックホース、下宿に帰り、縛ったヒモをとり、もう一度優駿を読み返しました。

あれから26年、シンザンの子供らしい長寿だったんですね。

ありがとう。ミナガワマンナ。

さぁもう一歩ブリュンヒルト

クラスは上がりましたが、トコトコ生真面目に頑張ってほしいですね。出来れば芝で掲示板にのってほしい。

(写真は新馬戦)

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頑張れルミナスハーバー

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4月に屈腱炎で社台ファーム放牧へ、でもそこまでの彼女の頑張りには脱帽。 来年の秋には復帰した姿をみたいものです。

(JF以外をハイライトでどうぞ)

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9月8日 プレサンティール 3着

兄は、新馬戦で除外が続いて仕上がりきっての登場でしたが、彼女はまだまだ馬体に余裕がありました。

開幕週で外を回っての3着。タキオン産駒得意の京都に期待。

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はじめまして

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はじめまして、競馬場で写真を撮り続けて長い時間が経ちました。2000年前後に5年間ほど一休みした後、現在は一口馬主がきっかけで、また競馬場に舞い戻っています。上手くはないがせっかくの写真を眠らせておくのはもったいない!現在不進行形になりますがよろしくお願いします。

(シンボリルドルフ、85年日経賞のパドック)

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